252 洛北四家
此度の戦いの戦後処理をしていると、平野右京進に来客を告げられる。
来客は、吉田兼右と磯谷久次の2人。
吉田兼右は右京進の叔父で、磯谷久次は兼右の娘婿になる。
その縁で、俺が元服する前から、情報収集の為に右京進には兼右との手紙のやり取りをさせているし、久次も領地が比叡山の側なので仲良くなろうと思い連絡を取っていたので、何かあれば俺の所へ来る事は不思議ではないんだけど。
「右兵衛督(吉田兼右)殿、新右衛門尉(磯谷久次)殿、本日は如何なさいましたか?」
久次は、直ぐに事情を説明してくる。
「某の室の家の事に御座います。岳父は小倉山の山本家の当主に御座いますが、此れが先の三好家が京に攻め入った折り、三好家に合力して将軍山城や栗田口等を焼き払ったのです。当然、大樹は御怒りになられ、山本家を攻め滅ぼせと仰せられておられるとか。傳兵衛様、どうか御執り成しの程御頼み申し上げます」
また、このパターンかよ。
でもこれは、流石に自業自得じゃない?
そりゃ、義昭も怒るだろうよ。
そんな俺の考えが顔に出ていたのだろう、久次が更に頼み込む。
「傳兵衛様の御考えは尤もなれど、其処を曲げて御頼み致します。山中を治める当家と、洛北を治める佐竹、山本、渡辺の四家は血縁を結んでおります。四家は傳兵衛様への御恩は決して忘れませぬ」
久次は、俺が比叡山近辺の国人衆と縁を深めようとしているのを、何となく分かっているのだろうな。
流石に理由までは分からんだろうが。
「しかし、大樹への執り成しならば、細川兵部大輔殿へ御頼みした方が宜しいのでは?」
兵部大輔殿は、吉田兼右の甥なので頼みやすいだろうし、俺に頼むよりも確実だろう。
「無論、兵部大輔殿にも御頼み致しましたが、傳兵衛殿は此度の戦で大層御活躍され、大樹の覚えも目出度いとか。それに尾張守様への執り成しも御頼みしたい」
当然、兼右は兵部大輔殿に頼みに行った様だ。
まあ、俺に話を持ってきたのは、殿への口利きがメインだとは思ってたけど。
「某に、何れ程の事が出来るかは分かりませぬが…」
「せめて家だけでも、何とか残すことは出来ますまいか…」
さて、山本家がどうなろうと構わないのだが、他の家からの好感度まで下がってしまうのは頂けない。
延暦寺への対策として、位置的に比叡山の西の麓にある洛北4家の協力があった方が助かる。
まあ、やるだけやってみるか…別に失敗しても、義昭の不興を買うだけで、どうという事もないしな。
「傳兵衛様、此を御納め下され」
俺が悩んでいると、磯谷久次が俺に太刀と脇差しを差し出してくる。
「これは?」
「山本佐渡守より傳兵衛様へと。傳兵衛様は大層刀を好まれると御聞きし、佐渡守が買い求めた物に御座る。共に了戒の手による物に御座る」
おいおい、賄賂かよ。
俺が、刀が好きだって聞いて、わざわざ仕入れてきたのかよ。
ご苦労なこって、全くよぉ。
了戒って宮本武蔵の佩刀とか旧国宝の秋田了戒とか打った刀工だろ?
「兵部大輔殿とも相談して、何とか家だけは残してもらえる様に働きかけましょう」
「宜しく御願い致します」
…仕方ないなぁ。
他ならぬ佐渡守殿の頼みだし、右兵衛督殿と新右衛門尉殿の顔を潰す訳にもいかない。
洛北衆を味方につける為にも、全力で頑張ってみるか。
右兵衛督殿と新右衛門尉殿が屋敷を辞すと、細川兵部大輔殿の許へと向かう。
屋敷を訪ねると、直ぐに兵部大輔殿の前に通され、早速話を切り出される。
「傳兵衛殿、よくぞ参られた。用件は山本家の話に御座るな?」
流石は兵部大輔殿、話が早い。
「左様に御座います。何とか御家だけは守りたいとの事に御座ったが、大樹様の御機嫌は如何に御座ろうか?」
「うむ、やはり良くは御座らぬな。山本家に攻め入ろうとの御考えは変わらぬ」
やっぱり義昭は相当怒っているようだな。
当然だとは思うけど。
「当主を隠居させる事で収まりませぬか?」
当主の隠居くらいじゃ、義昭の怒りは収まらないだろうなあ。
何とか妥協点を探っていかないと。
最低でも殿が来るまで、何とか粘りたいものだ。




