251 於勝初陣?
於勝視点です。
美濃国葉栗郡蓮台 森勝
兄上より、蓮台の領地の政務を一年熟せば、初陣を認めると言われて三月が過ぎた。
今年の正月は、京に居られる兄上に代わり、家臣共の年賀の挨拶を受けた。
しかし、こう政務ばかりだと、体が鈍ってしまう。
そろそろ俺も初陣させてもらっても良いんじゃないか?
「そうは思わぬか、小次郎?」
「左様ですな」
今は岐阜に居られる親父の許へ向かう途上、母方で年上の叔父である小次郎(後の林為忠)と共に周りに聞こえる様に呟くが、兄上から俺の御目付役を任されている堀田新右衛門は聞こえぬ振りをしている。
「あまり無理を申されますな。傳兵衛様も初陣は十四の頃、後一年御待ち下され」
親父より付けられた各務孫太郎が、俺を窘めるが知ったことか。
兄上は、初陣の前から敵の首を挙げていたではないか。
俺が孫太郎に反論する前に、父方で年下の叔父である九一郎(後の森可政)が俺に代わって食って掛かる。
「傳兵衛様は齢九つにして、熱田にて大将首を取っておられます。於勝様は十一、某もその頃の傳兵衛様と同じ九つとなり申した。初陣を果たしてもおかしくは御座らぬ!」
「よくぞ申した、九一郎!その通りだ!」
九一郎の反論に同意する。
兄上が九つで敵将の首を取ったのだから、俺達が同様の事をしても許されるはず。
「於勝様、九一郎殿、それは違いますぞ」
「何がじゃ!」
堀田新右衛門が、俺と九一郎、それに小次郎の話に待ったを掛ける。
「傳兵衛様が、齢九つで敵の首を取ったのは間違い御座いませぬが、それは更に幼き頃より政務や商いにて森家に貢献され、御父上の御信頼が厚かった故、蓮台の留守を任されておられた為に御座います。特に傳兵衛様の御造りになられた澄み酒などは、今では津島、熱田は元より尾張国中に知らぬ者など居りませぬ。於勝様も、傳兵衛様を引き合いに出されるならば、戦働きのみに目を向けず、政務にも力を御入れ下さい」
煩い!分かっておるわ!
だが、兄上が治めた後の領地を任されても、俺が新たに口を出す所など思い付かぬわ!
政務で良いところを見せられぬのならば、結局武勲を立てるしかなかろうが!
不満を抱えながら岐阜へ到着するが、様子がおかしい。
直ぐに岐阜にある森家の屋敷へ向かうと、親父の家臣の岸三之丞が、馬に乗り急ぎ駆けて行くのが見えた。
「何かあったのでしょうか?」
慌ただしい様子に、新右衛門が屋敷の中を伺う。
「ん?新右衛門か!於勝様も良い所へ!丁度蓮台へ向かう所に御座った!」
「何かあったか、五郎右衛門」
何処かへ出掛けようとしていた武藤五郎右衛門が、俺を見つけて走り寄ってくる。
「京より、三好家が攻め込んで参ったとの知らせが届きまして、急ぎ援軍に向かう故、支度をせよとの御沙汰に御座る」
三好家が京に攻め入っただと!
「して、兄上は?!」
「文には、大樹を守る為、本国寺へ向かうと」
そうだろうな。
大樹様を見捨てて逃げる訳にもいかぬ。
「よし、直ぐに蓮台に戻るぞ!兵を率いて兄上を御助けするのだ!」
急がねば兄上が、手柄を独り占めしてしまう!
俺の為に、敵の首を残しておいてもらわねば!
「まて、於勝!何処へ行く。お主は此処に居残りだ」
屋敷内より親父が現れ、逸る俺を抑える。
「その様な事を言っておる場合ではない!逸早く兄上の元へ一人でも多くの兵を送らねば!」
「尾張の兵は、儂が率いて京へ向かう。まだ元服も済ませておらぬ雛は、大人しく待っておれ」
冗談ではない!折角の初陣の機会に尾張に残ってなどおれぬわ!
「待て、親父!俺も…」
俺も京へ行くと言おうとした所で、親父に頭を殴られる。
「親父でない、父上と呼ばぬか!言葉遣いも分からぬ若輩者が、初陣など十年早いわ!」
兄上も偶に親父と呼んでおるではないか!
「…傳兵衛様は、殿の前では、ちゃんと父上と呼ばれておられます」
俺の不満が分かったのだろう、小次郎が小声で教えてくれる。
そうか…兄上は、親父の前では父上と呼んでいたのか…
いや、そんな事よりも初陣の話だ!
「断る!俺が治める蓮台は、兄上より御預りした地。蓮台より兵を出すのであれば、俺が率いるのが筋というもの!」
「於勝!」
例え親父が相手でも、此処は退かぬ!
親父と睨み合っていると、五郎右衛門から助け船が出る。
「殿、良いではないですか。此処で要らぬ問答を繰り返すより、於勝様を京へ連れて行きましょう。なに、我等が於勝様を確りと守ります故、御心配には及びませぬぞ。若(傳兵衛)曰く、時は金なりに御座います。一刻も早く京へ向かいましょうぞ」
そうだ!五郎右衛門も偶には良い事を言う。
「仕方あるまい。儂等は柳津へ向かい兵を集める。於勝は蓮台の兵を纏め柳津へ参れ。遅れれば置いていく。良いな?」
「応!」
よし、急いで蓮台へ戻らねば!
兄上、俺の手柄首を残しておいてくれよ!




