247 若に手柄を
京 六条堀川本国寺 各務清右衛門元正
大樹を討つ為に京に攻め寄せてきた三好家の軍勢を、本国寺に篭り退ける事に成功する。
それもこれも、儂が仕える森家の御嫡男である傳兵衛様が、三好勢の先鋒である薬師寺九郎左衛門の軍勢を破った御陰だ。
流石は若!森家の将来も安泰だな。
その後、近隣より援軍が到着し、桂川付近まで退いた三好勢への追撃に移る。
三好勢は七条に陣を張り、桂川を挟んで南西からやって来た幕府側の援軍である摂津・和泉勢と対峙したが、どうやら敗れたらしい。
三好勢と摂津・和泉勢との戦いは激戦となったらしい。
一時は、三好左京大夫(義継)殿は討ち死にし、池田筑後守(勝正)殿や細川兵部大輔(藤孝)殿らは行方知れずとなったとの噂が流れたが、どうやら皆無事であった様だ。
「大樹に刃を向けた三好家一党を赦すな!皆の者、全て討ち取れ!」
幕府軍の大将の野村越中守殿の号令で、三好家の軍勢に一斉に襲いかかる。
西からは池田清貧斎や荒木信濃守の池田家家臣や和田伊賀守殿、茨木佐渡守等、南からは体勢を立て直した三好左京大夫殿が攻め立て、東からは渡河に成功した伊丹大和守殿や我等本国寺に詰めていた者や近江から援軍が一気に攻め立てる。
「敵は最早逃げ腰だ!皆も敵を討ち取り、手柄とせよ!」
若の命に従い、手近な部隊へと襲いかかかる。
だが、襲いかかった部隊に歯応えがない。
「殿!あの者等は摂津池田家の、中川瀬兵衛の軍勢に御座います!」
奥田三右衛門の言葉に、そちらを見ると、別の部隊が同じ敵を相手にしている様だ。成る程、敵の動きが鈍すぎるのは、そういう事か…
しかも、昨年の上洛の折、若の兵を手痛い目に合わせた中川瀬兵衛めの部隊とは!
若は、此度は味方だからか、どうでも良い様だが、森家の嫡子が舐められる訳にはいかぬ!
「ほう、あれが昨年お主等を追い詰めた中川瀬兵衛か。お主等、分かっておろうな!若に昨年の様な屈辱を味わわせる積もりではあるまいな!」
若の家臣達を煽り、瀬兵衛への敵愾心を植え付ける。
「聞き捨てなりませぬな、清右衛門殿!よいか!主だった者は我等が討ち取るぞ!瀬兵衛などには、雑兵で十分!」
「「「応!!!」」」
儂の挑発に乗った三右衛門が息巻き、周りの家臣達と共に気勢を上げる。
「では、殿が将を討ち取っていただく為、周りの雑兵共を中川家に押し付けるぞ!」
渡辺半蔵も儂の意図を理解して、若の為に時を稼いでくれるようだな。
「若、一刻も早く、将を討ち取りましょうぞ」
中川瀬兵衛など、何するものぞ!
主君の池田筑後守なら兎も角、家臣の中川瀬兵衛などとは格が違うと教えてやらねばな!
若の家臣を引き連れ、敵目掛けて突っ込んで行く。
将を探しながら敵部隊へ切り込んでいくと、一際目立つ武者を見つける。
真っ赤な陣羽織に唐冠纓金を身に着けた武者が、こちらに向かって駆けてくるのが見える。
「若!あの者が将に違いありませんぞ!」
若に将の居場所を指し示す。
後は、我等で周りの者を排すれば良い。
美濃で蟄居の身であった儂を召し抱える様、殿へ御勧め下されたのは若だと、近松新五左衛門より聞いた。
折角、若と共に戦う機会を得たのだ。
ここで若に将を討たせ、手柄を立てて頂く事で、御恩を御返しせねば!
「若!周りの者は我等にお任せを!皆の者、雑兵に若の邪魔をさせるなよ!」
そう言うと、敵将の脇を抜け、周りの兵を蹴散らしにかかる。
周りの敵に向かい槍を振り回し、怯んだ一人を叩き伏せる。
更に、この中で身分の高そうな者を目掛けて襲いかかると、それを防ごうと間を遮る様に飛び出してきた敵を槍で突く。
同じく三人目、四人目と倒し、最後に身分の高そうな相手を突き殺し、都合五人の敵を討ち取った。
若の方を見ると、まだ相手と打ち合っている。
相手をよく見ると、その槍は三間もある朱柄の大身槍を使っている。
若も長物を好む様だが、その若よりも長い槍を使うとは!
「清右衛門殿!あの者は、中村新兵衛に御座る!」
中川家への対処をしていた、若の家臣である建部伝内殿が、慌てて駆け寄ってくる。
どうやら伝内殿は、真っ赤な陣羽織を身に着けた武者を知っている様だ。
「中村新兵衛に御座るか?」
中村新兵衛…そういえば、京で聞いた事があったような…
「畿内では知られた武者に御座る。六角家の勇士、永原安芸守を一騎討ちにて討ち取り、一日に十七度も槍を合わせ、四十一もの首級を挙げ名を馳せ、鑓中村との異名で知られる豪傑に御座る」
「おう、唐冠纓金の兜に猩々緋の陣羽織、三間もある朱柄の大身槍…あれが鑓中村か!」
伝内殿の言葉に、鑓中村の名を思い出す。
「清右衛門殿。殿に加勢すべきでは御座らぬか?」
伝内殿は心配げに、一騎討ちを眺める。
「要らぬ心配に御座ろう。現に若の方が圧しておる」
「だが、万が一という事もあろう。殿にもしもの事があってはならぬ」
ふむ、確かに若の方が圧しているとは言え、まだまだ一騎討ちは続きそうだ。
ここは若に喝を入れ、発奮して頂くか。
儂は若に向かって、大声を張り上げる。
「若!此方は終わりましたぞ!」
その直後、若の槍が敵将の碑腹(脇腹)を貫く。
おお!流石は若!御見事!
「ところで、清右衛門殿。殿に将を討たせるとの事に御座ったが…」
「左様」
伝内殿が儂に尋ねてくるが、それが如何したか?
「そこで清右衛門殿によって討たれた者の一人が、鑓中村の主君である松山新介であるように思うのだが…」
そう言うと伝内殿は、儂が討ち取った者の内の一人を指差す。
ふむ、これは…
「流石は若!高名な鑓中村を見事討ち取られるとは!殿も喜ばれましょうぞ!」
急ぎ若の元へ駆け寄り、大声で褒め称える。
若が高名な鑓中村を一騎討ちの果てに討ち取った事で、儂が松山新介を討った事を帳消しに出来ぬものかな。




