246 桂川の戦い
俺達は近江からの援軍と共に、摂津から来た本国寺への援軍を迎撃する為に桂川河畔まで退いた三好家の軍勢を追いかける。
「大樹に刃を向けた三好家一党を赦すな!皆の者、全て討ち取れ!」
大将の野村越中守の号令で幕臣達も皆、今までの籠城の鬱憤を晴らすかの様に、手近な敵に襲いかかる。
勿論、俺を含め織田家の面々も敵の軍勢に食らいつく。
「行くぞ!三好家に我等の恐ろしさを刻み込め!主税之介の分まで暴れまわれ!」
渡辺半蔵が、討ち死にした安田主税之介の名を出して家臣を鼓舞すると、手近な敵部隊に襲いかかる。
「敵は最早逃げ腰だ!皆も敵を討ち取り、手柄とせよ!」
俺も家臣達に追討を命じて、手近な敵に斬り込み、部隊の指揮官らしき者目掛けて突撃する。
…勿論、護衛引き連れてな。
すると、反対側からも別の部隊が、指揮官目掛けて突撃してくるのが見える。
まあ、既に俺は薬師寺貞春を討ち取って(実際に討ち取ったのは一柳市介だが)存在感を示しているので、もう新たに手柄を立てる必要はない。
今回の戦いは、俺も京に居るのに何もせず、足利義昭を討たれては、後で何らかの処罰を受けると思い参戦したが、既に三好家は本国寺から退いて、義昭の安全を確保しているので、無理をする必要はない。
小さな手柄など、他の奴等にくれてやってもいい。
家臣も1人失ってもいるし、ここは安全第一で行こう!
「殿!あの者等は摂津池田家の、中川瀬兵衛の軍勢に御座います!」
奥田三右衛門が軍勢を見て、慌てて叫ぶ。
摂津の池田家か…去年の上洛戦では敵同士だったが、今は味方だ。
何もそんなに慌てる事なんかないだろ。
だが、各務清右衛門が要らん事を言う。
「ほう、あれが昨年お主等を追い詰めた中川瀬兵衛か。お主等、分かっておろうな!若に昨年の様な屈辱を味わわせる積もりではあるまいな!」
清右衛門の発破に、家臣達の目付きが変わる。
いや…中川清秀を誉めこそすれ、屈辱なんて感じてないんですが…
「聞き捨てなりませぬな、清右衛門殿!よいか!主だった者は我等が討ち取るぞ!瀬兵衛などには、雑兵で十分!」
「「「応!!!」」」
清右衛門の挑発に乗った三右衛門が、周りの家臣達と共に気勢を上げる。
「では、殿に将を討ち取っていただく為、周りの雑兵共を中川家に押し付けるぞ!」
渡辺半蔵が、周りの雑兵を中川清秀の部隊に追い込んで、俺が将を討ち取る為の時間を稼ごうとしてくれる。
別に気にしなくていいのに…
「若、一刻も早く、将を討ち取りましょうぞ」
清右衛門に急かされて、部隊の指揮官目掛けて突撃する羽目になる。
皆の殺る気ゲージがMAXになっているのに、俺が水を差す事なんて出来そうもない。
分かったよ!やればいいんだろ、殺れば!
清右衛門に引き摺られる様に、敵将目掛けて突っ込んで行く。
「若!あの者が将に違いありませんぞ!」
清右衛門が指し示す方には、真っ赤な陣羽織を着た武将が見え、こちらに向かって駆けてくる。
確かに真っ赤な陣羽織を着ているから、この戦場で一番目立っているな。
仮称、赤武者とでも呼ぶか。
「若!周りの者は我等にお任せを!皆、若の邪魔をさせるな!」
そう言い捨てると、清右衛門は敵が固まっている場所へ向かい駆けていく。
赤武者は、一瞬清右衛門を追いかけようとするが、俺が自分に向かって来るのを見て諦めて、俺と対峙する。
俺の家臣達も周りに散らばり、俺と赤武者との一対一の盤面が出来上がる。
敵の赤武者の得物は、長さ三間(約5.4m)もありそうな大身槍…
対して、俺の得物は二間(約3.6m)の十文字槍。
…この前、大太刀を得物とする相手と戦う事があったので、こちらもリーチを伸ばす事に決め、柄の部分を長くしたのだが…流石に三間はないだろう…
それに、朱柄の槍ってエースしか持つことを許されないとかじゃなかったっけ?
清右衛門め、俺に強い相手を押し付けやがったな。
しゃあない…懐に飛び込むか!
俺は駆け寄った勢いで槍を振り下ろそうとするが、流石に相手もリーチ差を理解しているので、間合いの外から槍を振り回してくる。
大振りの攻撃をサッと避け、懐に切り込み、お返しとばかりに槍を突く。
赤武者も俺の突きを躱して槍を振るうが、俺は赤武者の槍の持ち手に近い所に合わせて、威力を殺しながら受ける。
強い!…流石は目立つ格好をしているだけの事はある。
三合四合と打ち合うが、勝負はつかない。
俺の方が若い分、体力的にも有利だと思うので、いずれは勝てるとは思うが…
「若!此方は終わりましたぞ!」
どうやらこちらが赤武者と対峙している間に、既に清右衛門は周りの敵を討ち取ったようだ。
「何!」
清右衛門の言葉に、赤武者が思わず反応し、隙を見せる。
俺は、その隙を見逃さず、赤武者の首に槍を突き入れる。
慌てて槍を避ける赤武者だが、大きく体勢を崩す。
俺は素早く槍を引き戻し、再び突きを入れると、赤武者も今度は躱しきれず、穂先は脇腹へと突き刺さる。
「ぐっ!御見事!…某を討った、貴殿の名を伺いたい」
恐らく致命傷を受けたであろう赤武者が、勝った俺を誉め、名を尋ねてくる。
「某、織田家家臣、森傳兵衛に御座る」
最期まで丁寧な態度を示す赤武者に敬意を表し、素直に俺の名を教える。
「おお!九郎左衛門殿の兵を打ち破った矢切の傳兵衛殿に御座るか!」
えっ?その渾名って知られてるの?
明智光秀が味方の士気を鼓舞するのに、適当に付けた渾名じゃなかったのか…
「某、松山家が家臣、中村新兵衛と申す。さあ、傳兵衛殿、我が首を取り、手柄とされるがよい」
惜しい人物の様だが、最早助からず、長引かせても苦しませるだけなので、止めを刺す。
「流石は若!高名な鑓中村を見事討ち取られるとは!殿も喜ばれましょうぞ!」
戦い終えた清右衛門が、俺に駆け寄り、褒め称える。
何やら名の通った武将らしいな…俺は知らんけど。
しかし、あの赤武者、松山家家臣って言ってたやん…指揮官じゃないやん。
清右衛門の嘘つき!!




