244 入江家
山城国六条本国寺 入江平内景光
足利左馬頭が上洛した折、我が入江家は三好家に付いた。
だが、三好家は本拠の芥川城、普門寺城を捨て、吹田まで退き戦を仕掛けた。
当家も城を捨て吹田での決戦に望んだが、左馬頭に合力した織田備後守の軍勢の前に敗れ降伏した。
降伏後、只管に許しを乞うたのだが、左馬頭は父の左近将監を赦さず、腹を切る事となってしまった。
残った我等は放逐され、一族と共に野に潜んでいたが、当主を継いだ兄が旧領を取り戻すべく、此度の薬師寺九郎左衛門殿の呼び掛けに応じ、この本国寺を攻めるべく参陣した。
味方の兵数一万に対し、敵方は二千にも満たぬ数。
この兵数の差なら、敵方に援軍が来る前に楽に蹴散らせると思っていたのだが、存外に守りが堅い。
「守りの兵は、どうやら畿内に残った織田家の兵らしい」
兄の言葉に成る程と頷く。
出来れば幕臣共と戦いたかったのだがな。
暫くして、対峙していた織田方の兵を押し包み打ち破るが、その隙を突かれて別の一団に九郎左衛門殿の元へ辿り着かれる。
急ぎ九郎左衛門殿の元へ戻るが、残念ながら既に討たれてしまった後だった。
その後、兄と敵将が話し合い、我等が寝返る事が決まる。
幕臣に寝返るのは業腹だが、御家の為とあらば致し方ない。
「それと、この者をお連れ下され。弟の平内に御座る」
兄に呼ばれ、敵将の森傳兵衛殿と共に本国寺へ向かう事となった。
「殿!」
丁度そこへ、薬師寺九郎左衛門殿の首を取った者が、傳兵衛殿の元へやって来る。
「市介、ようやった!」
その市介とやらは、傳兵衛殿の言葉にも浮かぬ顔で、
「はっ!しかし、主税之介が…討ち死に致しました…」
と、同僚であろう者の死を伝える。
「何!」
「一番に九郎左衛門に槍をつけましたが、討ち取られ…」
「そうか…馬鹿が!」
傳兵衛殿は、怒りに任せてか、槍の石突を地面に叩きつける。
討たれた者は、其程親しい間柄であったのだろうか?
怒りの表情から一転、悔しそうな顔を浮かべる。
「権之允殿、済まぬがもう一つ頼まれてはもらえぬか?」
「承知した。主税之介とやらの亡骸は御預かり致そう」
「忝ない」
傳兵衛殿は、兄にその者の遺体の事を頼まれる。
兄も、その思いに打たれてか、快く応じる。
戦場で討たれた家臣の為にそこまでするとは、心の優しい方なのだな。
「ではな、主税之介。お主の知行は、子に継がせる故、安心致せ…」
全く主税之介とやらも、この様な主君を持てて幸せ者よ。
「よし、敵中にある左馬丞殿の兵を救いながら、寺内へ戻る!薬師寺九郎左衛門を討ち取ったと声高に喧伝せよ!」
傳兵衛殿は、味方を救いながら本国寺内へ入る様だ。
成る程、我等に薬師寺家の旗を持たせて撤退を呼び掛けさせたのも、未だ敵中にある味方の為か…
傳兵衛殿主従は、九郎左衛門殿が討たれたと喧伝しながら、味方の津田家の兵に群がる敵を蹴散らしていく。そこへ津田方の武将が駆け寄って来て、傳兵衛殿に何事かを告げた。
「何?左馬丞殿は討ち死になされたと?」
どうやら傳兵衛殿が救出しようとしていた者は、既に討たれてしまった様だ。
「間に合わなんだか…」
傳兵衛殿は、嘸や無念なのであろう、天を仰ぎ見られ、その肩は震えておられる。
無念なのであろう。
「…傳兵衛殿、気持ちは分かるが、まだ戦の最中。今は寺内へ退こう」
「左様ですな。残念では御座るが、左馬丞殿の首が無事なら長居は無用。皆、急ぎ寺内へ退くぞ!」
傳兵衛殿は、左馬丞なる者の討ち死にを知らせた者に諭され、生き残った兵を纏めると、寺内へと急いだ。
そしてなんとか敵中を突破して本国寺内へ逃げ込む事が出来た。
「おお!流石は傳兵衛殿!薬師寺九郎左衛門の首を取られるとは御見事に御座る!」
寺内へと戻ると、傳兵衛殿は恐らく幕臣であろう者に褒めちぎられる。
「なんの、十兵衛殿。全ては、命と引き換えに敵陣深く攻め込んだ津田左馬丞殿と、大樹の為に馳せ参じた入江家の方々の御陰に御座る。此方はその入江家当主権之允殿の御舎弟、平内殿に御座る」
傳兵衛殿が十兵衛とやらに事の顛末を話し、某を紹介して下さる。
「しかし、入江家といえば、昨年の上洛の折、三好家と共に大樹に逆らった御家に御座ろう?」
十兵衛は昨年の事を思い出し、入江家を不審に思っている様だ。
「あの頃は大樹様も、まだ征夷大将軍では御座いませなんだ。しかし、征夷大将軍となられたからには、弓引く事など出来ませぬ。此度の危機に御助力致すべく参陣致しました」
予め傳兵衛殿と口裏を合わせ、入江家は大樹の為に一族郎党を率いて参陣した事になっている。
「なんと!それは大樹も喜ばれましょう。ささ、先ずは大樹の元へ」
旧領回復は難しくとも、何処かの領地を頂ける様、頑張らねばな。




