235 説教
青木重直視点です。
京 二条衣棚妙覚寺 森家家臣 青木加賀右衛門重直
「殿に怪我を負わせるとは、お主等は一体何をしておったのだ!」
若様の家臣である渡辺半蔵が、若様と共に播磨へ向かった同輩等に向かい怒号を上げる。
「全くだ!若の身に、もしもの事があればどうするのだ!半年前の失態を繰り返すとは如何なる事か!三右衛門!お主は何をしておった!」
儂の同僚である各務清右衛門も、此奴等の不甲斐なさに憤慨している。
特に若様の側に居る筈の奥田三右衛門に、きつく当たっておる。
「所右衛門!お主も若様に仕える事となったのだ。若様の身を第一に考えぬか!もしや己の武勲を立てる事のみを考えていたのではあるまいな!」
儂は、半年前より若様に仕えておる嫡男の所右衛門を睨む。
「その様な事、あろうはずがない!」
所右衛門は逆に、儂に向かい睨みを返してくる。
「加賀右衛門殿、そこまできつく当たらずとも良かろう。幸いな事に、傳兵衛様の足の怪我は大した事はないと医者も言うておる」
最近、若様の家臣となった建部伝内殿は取り成そうとしてくれるが、ここはそういう訳にもいかぬ。
若様の命で御役目を優先したのであろうが、若様を御一人にしてしまったのは、此奴等の失態よ。
何せ、森家での若様の評判は頗る良い。
若様の始めた澄み酒に椎茸などの商売によって森家は他家よりも豊かで、我等もその恩恵を受けている。
儂や清右衛門の様に、若様の口利きで森家に仕える事となった者も数多くいる。
あまり此奴等が無様を晒しておると、所右衛門の親である儂は兎も角、他の若様に恩のある者等につけ込まれる要因にもなりかねぬ。
今後の為にも、若様の家臣共に、釘を差しておかねば。
数日後、森家家臣一同、若様に集められる。
「岐阜の殿より、今年の政務を終え、大人しく養生せよ、との文を頂いた。よって兵を領地へ戻す」
若様の言葉に、一同がざわめく。
「それは殿が、御役目を解かれた、という事に御座いましょうか?」
奥田三右衛門が、恐る恐る若様に尋ねる。
若様の怪我が原因で御役目を解かれたならば、播磨で若様を守りきれなかった自分達の責だと考えておるのだろう。
「いや、そうであらば尾張守様は殿に京で養生せよ、と仰せにはなりますまい。速やかに自領へ戻るよう、言い渡される筈。京に残るよう、尾張守様が仰せになられたのならば、養生後にそのまま復職という事になられましょう」
本多弥八郎の言葉に、一同胸を撫で下ろす。
「弥八郎の言う通り、戻れとは言われてはおらぬな。伝内や右京進等には引き続き政務をこなしてもらわねばならぬ。だが、他の者は、京に居っても何もする事はあるまい?正月の仕度もあろうし、南伊勢攻めの為の備えもあろう。供回りを残し、お主等は、一度領地へ帰れ」
若様の言葉に清右衛門の方を見ると、清右衛門は儂に任せよとばかりに一度頷く。
どうやら清右衛門が、若様の家臣共を叱咤する役割を引き受けてくれる様だ。
「若!我等は殿より、若の手伝いにと京に残され申した。兵は加賀右衛門に戻させます故、某は京に残りまする」
若様は、清右衛門の言葉に頷くと「宜しく頼む」と仰せられる。
清右衛門もやる気だな。
若様の家臣共の事は清右衛門に任せ、儂は美濃へ戻るとしよう。
我が子がいては、どうにもやりづらいからな。
「では、新八郎等を呼び戻しましょう。若様の供回りが少な過ぎるかと。奴等も修練の為とはいえ、何時までも若様の側を離れているのは不本意でありましょう」
新八郎、権之進、新右衛門の三人は、若様の供回りであったが、先の戦での失態で美濃へ戻り、剣術の修練に励んでいる。
森家の兵を戻すのであれば、奴等を呼び戻し、若様の供回りに加えた方が良かろう。
「しかし、些か大袈裟ではないか?年末年始を京で過ごすだけだ。三が日が過ぎれば、皆も京へ戻ってこよう。そこまで兵が要るとは思えぬが…」
若様の言葉に、清右衛門と顔を見合わせ、互いに首を振る。
思えば若様が元服してより此の方、腰を据えて領地に留まられた事はない。
常に戦場におられる印象がある。
短い期間とはいえ、油断は出来ぬ。
清右衛門ばかりでなく、渡辺半蔵、本多弥八郎等も加わって若様を説得し、漸く新八郎等を呼び戻す事を認めてもらえた。
流石に何事も起こらぬとは思うが、用心に越した事はあるまい。




