234 休養命令
「おお、傳兵衛殿!災難でしたな」
京に戻ると木下藤吉郎が早速やって来て俺の足を見て、さも心配そうにするが、内心嬉しいのを隠しきれていない。
ウザい!
なんだろう?
俺って藤吉郎に嫌われる様な事をしたかな?
確かにこの世の藤吉郎は史実よりも少し出世が遅れているだろうが、藤吉郎にそんな事が分かる筈もないのだが…嫉妬かな?
藤吉郎は、そんなキャラの様な気もする。
まあ、藤吉郎なんか放っておいて、役目を終えたと報告に行かねば。
一旦宿にしている妙覚寺に入り、本多弥八郎を連れて、村井民部少輔殿の元へと向かう。
「お役目御苦労に御座った。しかし、道中賊に襲われるとはな…やはり傳兵衛に頼んだのは、間違いではなかった様だ」
「恐れ入ります」
民部少輔殿は、俺の足に気遣いながら、誉めてくれる。
「その事に御座いますが、恐らくは賊ではなく、小寺家が裏で糸を引いているのではと思いまする。それが小寺家の独断なのか、赤松家の命なのかまでは分かりませぬが」
襲撃の話を聞いた弥八郎が、賊の仕業ではなく、小寺家の仕業ではないかと言い出す。
今回の話は、幕府の意向を受けた別所家と赤松家の間で、話がついた事だ。
それを土壇場でひっくり返して、幕府を敵に回すかな?
それとも、小寺家の暴走だと言いたいのか?
無くはないけど…どうだろう?
「何?お主は、此度の襲撃は赤松家の策謀だと申すか?」
民部少輔殿は驚いて、弥八郎の方を見る。
「ほう、弥八郎もそう思うか…」
俺なんかよりも弥八郎の方が頭は良いので、弥八郎がそう言うなら、そうなのかもしれない。
取り敢えず、乗っかっておこう。
「赤松家と三好家、延いては阿波公方様とは、大物崩れの頃よりの仲。大樹様よりも阿波公方様の言葉に重きを置く事は、あり得ぬ話では御座いませぬ」
「むうう」
弥八郎の言葉に民部少輔殿は唸る。
大物崩れ…細川高国、浦上村宗と細川晴元、三好元長(三好長慶の父)、足利義維(足利義栄の父)の争いだったな。
確か赤松家の先代当主である晴政…当時は政祐は、細川高国に味方していたが、本当は父の敵である浦上村宗を討つ為に三好元長と内通していて、高国を裏切ったという話だったな。
まあ、勝った側も誰を将軍にするかで分裂してしまうのだが、今は関係ない。
その頃からの付き合いだから、三好家と通じているのは、おかしくはないが…その後の展開を考えると微妙じゃね?
確かに先の上洛戦では、三好家側に近い立場だったけど、別段三好家側に肩入れした訳でもないし、畿内を追い出された三好家や阿波公方に義理立てして、義昭と険悪になるような事をするかな?
「ただ、小寺家の仕業だとすると、些か詰めが甘い様に思えるのだが。現に我等を討ち漏らしておるしな」
黒田官兵衛が策を立てたなら、もっと上手くやるんじゃないのかな?
「殿は、小寺家を過大に評価している様にも思えますが…仮にそうだとすると、急に策を練らねばならなくなったか、或いは失敗しても構わなかったのではありますまいか?」
「急に策を練ったか、失敗しても良かったか…」
そんな事があるだろうか?
急に心変わりして襲撃する事に決めたなどという事よりは、失敗しても良かったの方が理解は出来るけど…
「その事、殿には儂から伝えるとしよう。取り敢えず傳兵衛は養生致せ。その足では歩く事も辛かろう。なにより見ていて痛々しい」
民部少輔殿から、出勤禁止を言い渡されてしまった…
仕事人間じゃないから有り難いけど、足の怪我くらいで勝手に休む訳にも…
「なに、お主の祐筆達を儂に貸し出してくれれば良い。それでお主も政務を行っておる事になろう?」
まあ、普段も事務作業は家臣にやらせて、上がってきた書類に花押書くのと外回りがメインなんだから、いつもと変わらないんだが…
一応、書簡には目を通しているし、他の人よりは事務作業もこなしてるという自負はあるんだが…
休みを押し付けられて数日、岐阜の殿から手紙が来た。
要約すると、「お役目御苦労様。今年はもう仕事しなくていいからね。足が不自由で岐阜や領地へ戻ってくるのも大変だろうから、次の正月は京でゆっくり養生してね」という内容が丁寧に書かれていた。
仕事はせずに、京でじっとしていろという命令かな?
仕方ない、足を治す事に専念しよう。
俺もまだこの歳で、足に爆弾を抱えたくはないし。




