233 小寺家評定
小寺政職視点です。
播磨国飾東郡御着村御着城 小寺家当主 小寺藤兵衛尉政職
七月、左京大夫(赤松義祐)様より、上洛の途上にある赤松下野守(赤松政秀)の娘を捕らえるよう命じられる。
下野守は、先の大樹の弟である覚慶(足利義昭)が上洛し将軍宣下を受けた為、その側女として娘を仕えさせようとした様だ。
勿論それを左京大夫様が許すはずもなく、儂に下野守の娘の捕縛を命じられたのだ。
道中を襲い、問題なく捕らえる事は出来たのだが、その直後から下野守の娘を無事に京へ送る様に、別所家を通して幕府より再三書状が届く様になった。
左京大夫様は、三好家に与して播磨国で下野守や別所大蔵大輔と対峙してはきたが、別段新たな大樹と敵対したい訳ではない。
ここは大樹の顔を立て、下野守の娘を引き渡す事にしようと、一応話は纏まった。
だが、別所家を通して引き渡しの段取りが纏まった頃、その話を聞きつけた阿波に居られる平島公方様が、大樹には従わずに使者を始末する様に命じてきた。
元より下野守に味方する事を不満に思っておられた左京大夫様は、平島公方様の命に従い、儂に使者を襲う様に命じられた。
「さて皆の者、此度の事、如何したものか」
城に重臣等を呼び、左京大夫様の命を諮る。
「左京大夫様の命とあらば、従うべきでしょう」
「いや、既に京の大樹とは話がついておるのだ。それを反故にされては、大樹も良い顔をされますまい。幕府の軍勢が攻めてくるやも知れませぬぞ」
左京大夫様の命に賛成する江田善兵衛と、それに猛烈に反対する山脇六郎左衛門が言い争いになる。
六郎左衛門は、此度の下野守の娘の件を取り仕切っておったから、余計に反発が強いのだろう。
「三河守、お主は如何か?」
小河三河守(小河良利)の考えを問う。
「下野守に良い顔をさせるのは、業腹に御座いますな」
三河守は、左京大夫様の命に従いたい様だな。
「では、官兵衛。お主は、どうじゃ?」
家老の小寺官兵衛にも話を聞いてみる。
その出自から他の者達に侮られがちだが、頭も良く、よく学問も修めていて、期待を寄せている若者の一人だ。
「使者を襲う事は吝かでは御座いませぬが、三好家は畿内を追われたばかり、此度は我等の役には立たぬでしょう」
「では、官兵衛は反対か?」
「正直気は進みませぬが、左京大夫様の命とあらば致し方御座いませぬ。何、当家が関わっておると発覚せねば良いのです。下野守の娘は約定通り引き渡し、当家の領内を出た所で密かに襲いかかれば宜しいかと。万が一討ち洩らしたとしても、それは賊の仕業。三好家の残党とでもしておけば、問題御座いますまい」
確かに我等の仕業と発覚せねば良いが、そう上手くいくであろうか?
「しかし、襲撃に余り時間を掛ければ別所家も援軍を差し向けよう。その場合、捕らえられた者より、我等の関与が発覚するのでは?」
襲撃を取り止めさせたい六郎左衛門は、官兵衛の策にも疑問を呈する。
「別所家の援軍が入る前に、別の部隊を小寺家からの援軍として差し向けて戦いに割って入り、その隙に襲撃部隊を逃がし、もし捕らえられた者が居たとしても我等が引き取れば宜しい。京の大樹には使者を救う事で恩を売れ、阿波の公方様の命を違えた事にもならぬ。襲撃が成功しようと失敗しようと、どちらでも構わぬ」
うむ、官兵衛の策が良い様に思える。
どちらにも顔を立てる事が出来るならば、それが良い。
「官兵衛、お主が襲撃の指揮を取れ」
「はっ!では、当家は野盗退治の名目で兵を出し、使者の帰りを襲いまする」
不安は残るが、官兵衛ならば大丈夫であろう。
襲撃の指揮を官兵衛に、援軍の指揮を官兵衛の父親である隠居した美濃守に任せる事とし、軍議を終える。
その数日後、予定通り御着城へやって来た幕臣の上野紀伊守に下野守の娘を引き渡す。
紀伊守と今後の事を話していると、此方の重臣達の顔を見回している若武者が目に入った。
「傳兵衛殿、如何された?」
儂の怪訝な表情に気が付いた紀伊守が、その若武者…傳兵衛とやらに尋ねる。
「いえ、噂に聞く小寺官兵衛殿は居らぬかと見回しておりましたが、どうやらここには居られぬ様に御座いますな」
む、何故この者の口から官兵衛の名が出るのか?
確かに儂は官兵衛の才に目をかけておるが、京の大樹や美濃の織田家に知られる様な者ではない。
「はて?官兵衛の名が、京にまで届いておるとは…?官兵衛は今、野盗討伐に向かわせておる。三好家が阿波へと逃げ帰った為、この辺りも野盗が増えたのでな」
何故この傳兵衛なる者が官兵衛を知っているかは置いておいて、打ち合わせ通りに官兵衛は賊の討伐で不在だと告げる。
そう言うと傳兵衛とやらは、 少しがっかりした表情を浮かべ、「官兵衛殿に宜しく御伝え下され」と返してくる。
まさか、この者に此方の策が漏れておるのではあるまいな。
紀伊守一行を送り出し、官兵衛の首尾を待つ。
やがて官兵衛と美濃守が戻ってきた。
「官兵衛、如何であった?」
「残念ながら、討つには至りませんでした…」
官兵衛の答えにガッカリする。
「左様か…仕方あるまい。当家の仕業だと悟られなければ良い。襲撃に参加した者は皆、逃がせたのであろうな?」
阿波の公方様には悪いが、致し方あるまい。
「はっ、別所家の援軍が来る前に、撤退を終えております」
官兵衛の言葉に安堵し頷く。
「此方も捕らえられた者や、兵の遺体を共に引き取っております」
美濃守も上手くやった様だな。
「ならば良い。御苦労であった」
官兵衛と美濃守の二人を労う。
策はならなかったが、最低限の仕事はしてくれた。
「ただ…」
何かあるのか、美濃守が言い淀む。
「如何した?」
「恐らくでは御座いますが、森傳兵衛なる者は、感付いておるかと」
「なんだと!」
森傳兵衛…あの者か!
「去り際、官兵衛に宜しくと言っておりました故、恐らくは官兵衛の策だと見抜かれておるのではないかと…」
美濃守の言葉に愕然となる。
官兵衛の事を知っておる様な口振りであったが、やはり策を見抜かれておったのか!
「当家の企みだと見抜かれておると言うのか!」
「父上!誠に御座いますか!」
官兵衛も愕然としておる。
小寺家が弄した策だと感付いたというなら兎も角、先頃家老となったばかりのまだ無名である官兵衛の策だと見抜かれるとは…
「恐らくは…しかし、傳兵衛は紀伊守には何も言わず、そのまま京へ戻りました。どうやら此度の事は、胸奥に収めておる様に御座います」
「何?儂を責めぬと申すか?」
何故、儂の裏切りを責めぬのか?
紀伊守であれば、幕府に弓を引いたと騒ぎ立てようが…
「織田家としては、播磨の事で騒ぎ立てたくないのではないかと。傳兵衛殿は、小寺家の反意を指摘して責めるよりは、賊の襲撃として無かった事とし、当家へ釘を刺す事に止めたという事に御座いましょう」
自分の策が見抜かれていたと知って暫し呆然となっておった官兵衛だが、漸く気を持ち直したのか、己の見解を述べる。
成る程、今は播磨での戦は起こしたくはないという事か。
「ふむ、お主等は傳兵衛とやらの話を耳にした事があるか?」
「織田家の重臣である森三左衛門の嫡男で、齢九つで初陣を飾り、大将首を取っただとか、先の戦では小笠原信濃守殿の放った矢を、槍で切り落としたなどという噂は聞き及んでおりますが、詳しい事までは…」
官兵衛が傳兵衛の噂を話すが、眉唾な話ばかりだな。
「大和の総八郎に知らせをやって、傳兵衛殿の事、探らせましょう」
美濃守が、そう提案してくる。
確か、総八郎とは大和国の松井家へ養子に入った美濃守の弟であったな。
大和ならば、より詳しい事も調べられよう。
「うむ、頼んだ」
さて、傳兵衛の事は美濃守に任せるとして、今後どうすべきか…




