226 河内願得寺
河内国願得寺にやって来た。
此処の住職である実悟という僧と話し合う為だ。
この為に尾張から堀権之助を呼び寄せ、二人掛かりで洗のぅ…説得するつもりだ。
この実悟という僧は、本願寺の現宗主である顕如の高祖父、本願寺八世蓮如の十男だ。
幼少の頃に加賀にいる実悟の異母兄の蓮悟の養子となるが、その後蓮悟に実子が生まれて疎まれる。
そして、蓮如の後を継いだ実如が加賀一向衆を擁護した為に朝倉や畠山と敵対関係になり、実如は畠山氏の本拠である河内を門徒に攻撃をさせるのだが、畠山氏の出で蓮如の妻の一人である実悟の母は、これに怒って自分の息子である実悟の兄の実賢を、実如に変えて法主にしようと画策したが失敗。
その煽りを食らって実悟も廃嫡されてしまう。
さらに実悟は、本願寺の権力争いで一向衆同士が戦った大小一揆で、敵側だったとして破門されてしまう。
その後、破門は解かれはしたが、ちょっと可哀想だな。
若くして亡くなった兄の実賢は一揆反対派で河内で人気があったし、自身も一向衆同士の戦いを経験している実悟に、俺は播磨や備前の一向衆の洗脳…統制を頼みたいと思っている。
高田派の僧を連れていって改宗を迫るより良いと思うんだけどな。
取り敢えず味方になってもらえる様に頑張って説得してみようか。
「いや、実悟殿の教えを聞いて、目の前の霧が晴れたかの様な心地に御座います」
「なんの、拙僧こそ傳兵衛殿の御話を聞き、改めて蓮如上人の教えの素晴らしさを噛み締めております」
実悟と話してみると、俺が洗脳するまでもなく、王法為本の教えや他宗派との関係など、俺にかなり近い考え方をしていると分かった。
しかも実悟は、今の本願寺に対して批判的な事を隠していない。
勿論、父親の蓮如の教えに戻したいという思いなのだろうが、勝手に政争に巻き込まれて破門までされ、やっと破門が解かれても孤立しているという現状の不満をぶつけているだけの可能性もあるが。
「やはり実悟様には、一度美濃へ下向いただいて、皆に説法をお聞かせ願いたいが…」
権之助が実悟を連れ出そうとしているが、もう70歳を超えているから難しくない?
出来ればやって欲しいんだけどね。
でも、この人は長生きだから大丈夫かもしれない。
「うーむ…傳兵衛殿、一つ御頼みしたい事が御座います。その願いを聞いていただけるならば、美濃への下向も考えましょう」
頼みって何だ?
厄介事の臭いがプンプンする。
何か怖いが聞いてはみるか…
「頼み事とは?」
「拙僧の息の室は、武衛殿の妹御に御座いましてな。その武衛殿が、尾張国へ戻りたいと。傳兵衛殿には、尾張守様への御執り成しを願いたいのです」
武衛殿?…斯波義銀?
うん、そういえば殿に尾張から追放されただけで、まだ生きてたな。
全く眼中に無かったわ。
面倒な事を頼まれたのかな?
でも、史実でも赦されてるから大丈夫だとは思うけど。
「承知致しました。どうなるかは分かりませぬが、尾張守に話を通す事は致しましょう」
「宜しく御願いいたします」
願徳寺を後にし、京へと戻る。
殿に話をする前に、先ずは村井民部少輔殿に相談しておいた方がいいよな。
民部少輔殿の所へ向かおうと宿を出ようとした時、小姓の源八郎に呼び止められる。
「殿、大殿と勝三郎様より文が届いております」
親父と勝三郎から?
何だろう?
文を読むと、内容は同じもので、『土岐頼芸がやって来た』だった。
あ~、土岐頼芸に手紙出したの大分前だったから、すっかり忘れてたわ。
これは、一旦美濃へ戻らなくちゃいけないな。
取り敢えず、久々利城か金山城で、頼芸を丁重に持て成してくれと返事を書き、村井民部少輔殿に断りを入れて、土岐頼芸の息子の斎藤五郎左衛門を連れ、岐阜城へと急ぎ向かう。
「で、傳兵衛。土岐美濃守と斯波武衛を如何するつもりだ?」
岐阜城の殿に、尾張と美濃の守護職2人の事を報告すると、俺にどうするつもりなのかと問い詰められる。
これは、俺が何か企んでいるのかと疑っているのかな?
「以前、殿に美濃守殿を呼び戻す許しを得ております。可児郡にある長瀬山付近には、初代美濃守護の別邸があったと聞きます。美濃守殿には、長瀬山の麓に屋敷を建て、そこで余生を送ってもらおうと考えております」
森家が所有している可児郡の池田村長瀬。
その長瀬には、室町幕府初代美濃守護の土岐頼貞の別邸若しくは砦があったとも言われている。
最初の美濃守護が過ごした地で、最後の美濃守護として、土岐頼芸には鷹の絵でも描きながら余生を送ってもらおう。
これは、殿が許可を出しているのだから、文句は無いはず。
問題は、もう1人の方だな。
「ふむ、では武衛殿は如何する」
「武衛殿については、殿の御心次第に御座います。某は実悟殿に用があったのであって、武衛殿に用は御座いませぬ故」
本当に、斯波義銀なんて、どうでもいいんだよ。
実悟をなんとか、対一向衆の手駒にしたいだけだし。
それに史実では、斯波義銀は赦されて尾張へ戻っていたはず。
俺が何かする必要なんてないからな。
「よかろう、武衛殿に関しては後日諮る事とする」




