225 厄介事は立て続けにやって来る
「傳兵衛様、源内殿、ようこそお越し下さいました。当家主人の四郎左衛門に御座います」
四郎左衛門に促され、仕方ないので自分の位置へと腰を下ろす。
「森傳兵衛に御座る」
挨拶すると、小笠原長定が挨拶を返してくる。
「お久しぶりに御座る、傳兵衛殿。此方は、某が世話になっておる、同族の備前守殿に御座る」
どうやら最後の一人は備前守というらしい。
同族だから小笠原備前守かな?
小笠原備前守といえば、京都小笠原家の当主だろう。
今の時代なら、細川ガラシャの介錯で有名な小笠原秀清だろうか。
「小笠原備前守に御座る。此度は某の為に御越し下さり、誠に忝ない」
お前が呼び出したのかよ。
本当に厄介事の臭いがする。
用件を聞かずにさっさと帰りたい所だが、取り敢えず点てられた茶を頂く。
ある程度世間話をすると、小笠原長定が本題を切り出してくる。
「某、今は備前守殿の世話になっておるのだが、その備前守殿の所領が幕府に召し上げられてしまいまして、そこで傳兵衛殿に何とか執り成しを御願いしたい」
へぇ~、牢人しているのは知ってたけど、義昭に所領を奪われたんだ。
…でも、何で俺に、そんな話を持ってくるんだ?
まだ、奉行経験も何もない若造に持ってくる様な話じゃないだろう。
俺より親父に話を持っていけば良かったのに。
「源内殿に相談し、伊豆守様に話を持っていった所、自分は所領へ戻らねばならぬ故、奉行として京に参られる傳兵衛殿に御頼みせよとの仰せに御座った」
おおう、親父の奴、俺に丸投げしやがったな!
まあ、俺だけに話を持ってきた訳ではないだろうし、幕臣達…将来仕えるはずの細川兵部大輔殿辺りには頼みに行っているはず。
俺も村井民部少輔殿に丸投げしておけば良いか…
上に伝えるだけは伝えますと、曖昧な返事を返して別れると、民部少輔殿と会う前に自分の宿へと戻る。
親父に文句の一つでも言っておかないと!
「父上はおるか?」
俺を出迎えてくれた多羅尾彦市に、親父が居るか聞く。
「大殿は、修理進様の所へ呑みに行かれると、出掛けられました」
チッ、俺が戻ってくると文句を言われるから逃げやがったな。
「仕方ない。父上への小言は後回しだ。民部少輔殿の元へ向かうぞ」
居ないなら仕方ない、今から民部少輔殿の所へ案件を丸投げしに行こうか。
「殿、申し訳ございませぬが…」
再び出掛けようとする俺に、彦市が申し訳なさそうに待ったを掛ける。
「どうした彦市」
「実は、某の母より文が参りまして…」
言い辛そうに、彦市の母親からの文を差し出してくる。
嫌な予感しかしない。
嫌々文を読むと、甥の虎福丸が幕府の要職を解任されてしまったので何とかならないか、という内容だった。
似た様な話を、さっきも聞いた様な気がする…
「彦市、お主の御母堂は、伊勢伊勢守殿の御養女であったな?」
「はっ」
伊勢伊勢守…伊勢貞孝の孫の虎福丸という事は、伊勢貞為の事だろうな。
虎福丸は四歳の頃に、足利義輝に祖父と父を殺された為に若狭国へ逃れていたのだが、その後に起こった永禄の変で義輝が殺害されると、三好家を頼って伊勢氏再興を成している。
まあ、これは三好派閥の烙印を押されても仕方ないな。
しかし三好家を頼った時、虎福丸は僅か七歳だったはずで、そんな判断を自分で出来るはずもなく、家臣の言うがまま従ったのだろうが、これは仕方ないだろう。
ここは史実通り、弟に家督を譲り、政所執事になる事は諦めてもらって、御家を残す事を第一に考えてもらった方が良いだろうな。
伊勢氏に代わって政所執事となっている摂津晴門も、伊勢兄弟にその職を譲ったりはしないだろうし。
とは言え、俺が今何か出来る訳でもないので、これも一緒に民部少輔殿に丸投げしておこう。




