224 茶屋
翌日より、京の知り合いに挨拶回りをしたり、山科言継に酒を集られたりしながら過ごす。
そして数日後、殿が上洛し、いよいよ親父達が美濃へと帰る日がやって来た。
殿に呼び出され、殿の宿となっている古津所へ向かう。
親父は殿に呼ばれているので、一足先に別行動だ。
屋敷には親父を始め、佐久間右衛門尉殿、柴田権六殿、坂井右近将監殿、蜂屋兵庫助殿、村井民部丞殿等、京にいる織田家の家臣が集まっている。
「此度、右衛門尉が従五位下に昇叙し、吉兵衛、権六、三左が新たに官職を戴いた。吉兵衛に民部少輔従五位下、権六に正六位下行修理少進、三左に正六位下行伊豆守だ」
殿の言葉に皆が感嘆の声を上げる。
喜んでるのか、羨んでるのか、妬んでるのかは知らないが。
聞いてなかったけど、村井民部丞殿も官位を貰ったのね。
話は進み、京に残留するメンバーの発表となる。
まあ、竹丸から事前に、大体のメンバーは聞いているのだが。
「右衛門大夫、お主は引き続き京に残り、周辺の治安維持に努めよ」
「はっ、承りました」
まあ、予定通りに佐久間右衛門尉改め、右衛門大夫殿が残留となる。
「村井民部少輔、島田弥右衛門、明院良政、好斎一用、丹羽五郎左衛門、森傳兵衛、木下藤吉郎、中川八郎右衛門、塙九郎左衛門、明智十兵衛、落合平ひ…」
残留組が次々発表されるが、やっぱり藤吉郎と光秀の名はあるよな。
光秀は両属だから、京にいて当然だけど…
う~ん、織田家を裏切る奴等だが、今は関係ないから、やっぱり仲良くなっておくべきだよな~。
五郎左(丹羽長秀)殿と九郎左衛門(塙直政)殿は交流があるし、民部少輔(村井貞勝)殿、弥右衛門(島田秀順)殿、明院良政殿とは面識くらいはあるが、やっぱり1度飲み会でも開くのが無難だな。
「傳兵衛様」
京で仕事する人員の発表が終わり、宿へ戻ろうとすると、呼び止められる。
「傳兵衛様。紹介したい者が御座いまして、お付き合いいただけませぬか?」
親父の家臣である尾藤源内(重吉)に誘われる。
「構わぬが、何者だ?」
「はっ、某の知人で中島四郎左衛門と申す者が、京で呉服商を営んでおります。是非御引き立てをと思いまして」
「ほう、源内は京に知人がおったか」
京に源内の知り合いがいると知っていれば、四月に上洛した時にも利用出来たかもしれないのに。
「はっ、先頃懐かしい顔に偶然出会いまして。その者は、某と共に小笠原家に仕えておりましたが、京に出て商人となった者に御座います」
げっ、小笠原家の者かよ。
長時は、鵜八が討ち取っちゃったからなぁ。
討ち取った鵜八だけじゃなくて、当時の主である俺も旧主を討ち取った奴だと、嫌われてないかなぁ。
「四郎左衛門も商人、その様な事を気にかけは致さぬでしょう。それに、信濃守様の御舎弟の民部大輔様の命は救っております。無用な心配に御座います」
小笠原の名が出た時に顔をしかめたのを見られていたのだろう、源内が無用の心配だと言ってくれる。
あの時、民部大輔を説得して助けたのは、源内だったな。
うん、源内は良い仕事をしたな。
源内に連れられて、護衛の奥田三右衛門と木村又蔵をお供に、町小路四条坊門小路(今の新町蛸薬師)を下った(南に行った)ところにある中島邸へと向かう。
「御免、主人の四郎左衛門は居られるか」
源内が中へ呼び掛けると、家の者であろう若者が出てくる。
「ようこそお越しくださいました、傳兵衛様、源内様。手前は四郎左衛門の子、四郎次郎に御座います。父は茶屋にて支度をしております。どうぞ中へ」
茶屋…四郎次郎…うん?
四郎次郎に、屋敷にある茶屋へと案内される。
茶屋…茶室の事だが、今は名称や様式なんか定まっている訳じゃない。
茶屋、数寄座敷、会所、茶礼席など色々な名称で呼ばれている。
場所も座敷だったり、草庵だったり様々だ。
今は、武野紹鷗の流派が主流になっている。
今後、千利休、豊臣秀吉の流儀が主流になるかどうかは分からんがな。
茶屋に通されると、3人の男が待ち構えているのを見て、来たことを後悔した。
1人目の茶を点てている人物は、多分屋敷の主人である中島四郎左衛門だろう。
こいつは問題ない。
2人目の人物は、見覚えがないが…
3人目の人物、こいつには見覚えがある。
小笠原民部大輔長定。
芥川城で源内が説得して降伏させた、鵜八が射殺した小笠原長時の弟だ。
厄介事だよな、これ。
源内も、あの時に長定を助けたりせず、討ち取っておけば良いものを!
全く、源内も要らん事をしやがって。




