221 上洛命令
京から戻って以来、美濃では政務に励みつつ、焼き物の発展に力を入れ、伊勢では領地の開拓を進めつつ、滝川彦右衛門殿や岩室長門守殿と、長野工藤家や北畠家の調略に精を出す毎日を送っている。
そして九月も終わろうかという頃、役目を終えた親父達が、一旦美濃へ戻ってくるという知らせが届いた。
これで少し楽になるかなって思っていた矢先、殿からの呼び出しを受け、岐阜へと向かう。
「傳兵衛、三左衛門等は役目を終え、一度美濃へ戻す。話は聞いておるな?」
「はっ、聞き及んでおります」
殿の言葉に頷く。
「京の事は、残っておる吉兵衛等に任せるが、お主も京へ向かい、吉兵衛等と共に奉行人を務めよ」
はっ?なんで?嘘やろ…
「某が、で御座いますか?」
「そうだ。お主は幕臣や公家衆にも顔が利く。吉兵衛等と共に京で政務に励め。良いな?」
聞き返すが、冗談ではなかったようだ。
しかし、俺は結構忙しいと思うのだが…
久々利、蓮台・柳津、戸田、川尻、水沢と領地が飛んでいて、戸田以外の領地をしょっちゅうグルグル飛び回っているし、長野工藤家や北畠家への調略もしている。
とてもじゃないが、京での仕事などやっている余裕は無い。
「承知致しました」
うん、嫌ですとか言える訳がありません。
「うむ。十月の初旬までには上洛せよ」
「はっ!」
十月初旬か…半月も無いやん。
殿が奥に下がられたので、俺も帰ろうとしたところで声を掛けられる。
「傳兵衛様、大役おめでとう御座いまする」
俺の小姓だった、安孫子竹丸だ。
「竹丸か…いや、この様な大役を仰せつかるのなら、お主を手放すのではなかったな。尤もお主は俺の下におるよりも、殿の下で働いた方が存分に力を発揮出来ようがな」
俺の小姓だった安孫子竹丸を、殿の小姓として差し出さなければ、もう少し楽ができたかもしれない。
「何をおっしゃられます。某に出来る事ならば、傳兵衛様なら難なく熟されましょう」
まあ、竹丸には有力大名となってもらい、俺と同派閥の仲間として頑張ってもらいたいから仕方ないね。
「して竹丸、何用か?酒なら無いぞ?」
竹丸の父、安孫子右京進は、柴田家から森家へ出向していたのだが、今は権六殿の元へと戻っている。
だが、今でもその縁で右京進に酒を融通する事もある。
「それは真に残念に御座いますが、此度お伝えしたきは京の事に御座います」
冗談も交えながら要件を聞くと、京の情報をくれるらしい。
流石竹丸、役に立つ。
京に残る主なメンバーは、佐久間右衛門尉殿、村井民部丞殿、島田所之助殿、坂井好斎殿、丹羽五郎左衛門殿、中川八郎右衛門殿に木下藤吉郎、明智十兵衛か。
やっぱり気になるのは木下藤吉郎と明智光秀だよなぁ。
敵対する気はないけど、あまりお近づきにもなりたくないなぁ。
「それから、朝倉家が若狭へと攻め込み、武田大膳大夫様を捕らえ、一乗谷へと連れ去った話ですが、大樹は大層御立腹で、事ある毎に、朝倉家を討伐せよ、とおっしゃっておられるとか。御注意下さいますよう」
うん、国が纏まらぬからと上洛を拒否しておきながら、こちらが上洛している隙に隣国を攻めたら、俺でも怒るな。
しかも攻めた所が、世話にもなった自分の甥が治めている国とあっては、当然だろうな。
でも、注意しろって言われても、何を注意するんだ?
流石に義昭なんかに関わる気なんて無いし、向こうも俺なんかより村井民部丞殿を相手にするだろうし。
まあ、いいや。
俺はなるべく目立たないようにして、仕事は民部丞殿にお任せしよう。




