216 六角義治
何やかんやで上洛してから半月が経ち、足利義昭の将軍就任も間近になった頃、義昭の上洛と共に京に連れてこられ幽閉されていた六角承禎、義治親子の処分が決まった。
六角家の領地は没収されたが、承禎は出家して寺に入り、義治は義昭の側近として京に残る事になった。
なんでも、延暦寺や本願寺から助命嘆願があったらしい。
義昭は少々不満そうだったが、まあ仕方ない。
俺も親父達が2人を殺さなかった時点で、そこは諦めていたし。
しかし、六角親子の処分なんかよりももっと大変な事が起こったので、義昭もそんな事に構っていられないというのが本音だろう。
あの朝倉義景が問題を起こしてくれたのだ。
事の発端は、若狭国の武田家当主である武田義統が死去した事だった。
もともと義統は具合が悪く、今回の上洛にも参加出来なかったくらいなので、そこは遂にという感じなのだが、そんな時にあの朝倉義景がやってくれた。
俺達が三好家の残党と戦っている間に、あの野郎が若狭国に攻め込んで、義統の嫡男である孫犬丸を越前一乗谷へ攫っていったのだ。
これには義昭もカンカンに怒って、直ぐに朝倉家を討伐せよと煩く怒鳴っている。
俺も怒っているぞ!
おい!朝倉義景!いらん事するな!
朝倉家討伐とか、志賀の陣へ一直線やんけ!
しかし、将軍宣下を控えた大事な今、朝倉討伐などやっている場合ではない。
周りの幕臣共も義昭を宥める事に必死だ。
まあ、上洛戦には参加出来ないとか言っておきながら、隣国に攻め込んでいる訳だから、義昭が怒るのも無理はないさ。
なので義昭の周りの者達も、正直六角家の処分など、どうでも良いとまでは言わないが、構ってなどいられない。
織田家としても、まだ南伊勢攻めも残っているので、朝倉討伐などとんでもない。
殿は、伊勢を統一するまでは朝倉を攻めたりはしないだろうし、まだもう少し時間はあるはず。
何か対策を考えないと…
でも、幕臣を抱き込んで義昭に朝倉攻めをさせない様にするとか、近江衆の切り崩しくらいしか、出来る事があまりないんだよなぁ。
でもそのどちらも、あまり有効とは思えない。
義昭は、そのうち若狭武田家の救援の為に朝倉攻めを決行するだろうし、近江衆の切り崩しとはいっても、同盟勢力からの引き抜きなんて出来ないし、俺と個人的に仲良くなった所で友情の為に主家を裏切るなんてありえない。
織田家についた方が利があると説得するにも、実際に対立してからじゃないと、対比させ辛いよなぁ。
まさか、「お前の所の主君、絶対裏切るから!」とか、言う訳にもいかないし、言った所で非難されるのは俺だし。
ぼちぼち考えるしかないか…
上洛してから、あまりやる事の無い俺は最近、週三くらいで通っている所がある。
六角義治の所だ。
六角義治を殺さない事が決定された時から、関係回復の為に度々訪れている。
観音寺城で六角親子を捕らえる作戦を立てた俺が、義治に媚びを売って気分良くさせようという事だ。
実際に六角親子を捕まえたのは、親父と権六殿なのになぁ…
それに観音寺城を落としたのは、右近将監殿だし。
でも義治との仲も最初は険悪だったが、今では随分改善したんじゃないかと思う。
「難しい所ですなぁ。六角家が美濃一色家と結んだのは、浅井家への対策の為。それがなければ織田家が結んでいたのは、浅井家ではなく六角家であったはず。それ以前には、織田家と六角家の仲は、決して悪くはなかった…」
今日も六角義治と、もしも話で盛り上がる。
六角家としては、裏切者の浅井家と同陣営になる事なんて冗談じゃない。
だから六角家は、織田家、浅井家と組んだ足利義昭と敵対する道を選んだのだ。
だがそれ以前に、一色龍興の父である義龍と六角家が同盟を結んでいなければ、織田家は浅井家なんかより、六角家と同盟を結んでいたはずだと。
そうであったなら今回の義昭上洛は、六角家の主導で行われていたはずであり、今頃義治は管領職についていたはずだ!
では、悪いのは誰だ?
それは浅井長政だ。
浅井長政は、六角家を裏切って北近江を横領したのだ。
そして長政が美濃にも攻め込んだ為に、美濃一色家は、浅井家と敵対している六角家と同盟する事にした。
そうなると、織田家は六角家と同盟したくても出来なくなったので、仕方なく
消去法で浅井家と同盟する事になってしまった。
それでも織田家は、戦が始まる前に何度も六角家を誘ったでしょ?
だから織田家は、六角家に対して含む所はないんだよ。
今、こんな状況にあるのは、全部浅井長政のせいなんだ!
六角家も織田家も悪くないんだよ。
という様な話で盛り上がっている。
ヘイトは全て浅井長政に。
この論法は、義治にウケた。
お陰で義治に結構気に入られて、ちょくちょく顔を出すように言われて、今に至っている。
でも、お前が浅井家との関係を我慢すれば良かっただけの話だけどな。
「傳兵衛、儂はこれから如何すべきと考える?」
いや、自分で考えろや…
「今は、待つしか御座いませぬ。若狭国に朝倉家が攻め込んだ事で、このままであれば何れ大樹は朝倉家討伐を命じられましょう。しかし北近江の国人衆は朝倉家と深い関係に御座います。そんな状況で備前守が、一体どの様な判断をするのか…」
義治は、うむうむと頷いている。
でも、ここまではどうでも良い話。
「近江の者達が浅井家に付く事だけは阻止せねばなりませぬ。それ故、未だ六角家に忠を尽くし織田家にも浅井家にも従わぬ者、御家の為に心ならずも浅井家に膝を折る者達に、浅井家ではなく織田家に協力する様に諭していただきたい」
未だ織田家に従わない近江の国人衆を義治が説得してくれよ、ってのが本題。
今の六角家じゃ家臣を養えないだろうから、織田家が貰ってあげるからさ。
ついでに、俺にも文官とか紹介してください。
「…丁度良い者がおる。父の小姓であった者なのだが、知っての通り父は寺に入る故、その者の事を頼まれておる。その者の父は先の戦で討ち死にしておってな、無下にもできぬ。怪力の持ち主でな、必ずや傳兵衛の役に立とう」
いや、俺は脳筋じゃなくて、文官を紹介して欲しいんだけど…
こいつ、父親から押し付けられた家臣を、厄介払いしたいだけじゃないのか?
貰うけどさ…




