214 VS新次郎
松永久秀と茶の湯の話で盛り上がっている内に、いつの間にかウチの家臣達は全滅したようだ。
「いやいや、稽古では勝てませぬな」
勝手に付いて来て、稽古に混ざっていた慶次郎も、清々しい笑顔で戻ってきた。
結城忠正にボコられていたのに、まるで戦場でなら勝てるとでも言いたげな負け犬の遠吠えと共に…
「傳兵衛殿、貴殿も一手如何か?この様な機会は滅多にあるまい?」
慶次郎が俺もボコられてこいと送り出そうとしている。
まあ、次があるかどうかも分からんから、やるけどさ…俺の袋竹刀も持ってきてるし。
槍は得意な方だけど、刀の使い所なんてなぁ。
味方が来るまでの時間稼ぎが出来るくらいには、頑張るか。
相手は柳生宗厳の嫡男の新次郎か。
同じ歳だが、向こうとは剣術に打ち込んでいる時間も、それを教わっている師匠も俺とは段違いの差があるので、勝てる訳がない。
どうせ負けるなら、少し実験というか遊びを仕掛けてみるか…
お互い構えるが、相手の袋竹刀より、俺の袋竹刀が長い。
新次郎の袋竹刀が三尺三寸(約100cm)程で、俺のが五尺(約151cm)。
リーチは勝っているな。
吹田で戦った敵が使っていた太刀より、長い物を用意してみました!
戦いはリーチだぜ!
先ずは…一度やってみたかったあの構え…幕末の漫画でお馴染みの、北辰一刀流の鶺鴒の尾の構え!
剣先を細かく振ってるヤツ!
…ふっ。
漫画で読んだだけの技を、使い馴れていない上に、普通よりも長い得物でやるもんじゃないな…
もう二度とやるもんか!
終わったら普通の長さの得物で試そう…
さあ、真面目にやるか!
とはいえ、普通に打ち合っても、皆と同じ結果になるだけだ。
短期決戦だな。
槍を扱う様に長い得物を水平に持ち、半身に構える。
先手必勝とばかりに突きを入れるが、ギリギリの所で躱される。
新次郎が裏へ回り込もうとするのを、逆胴に斬って牽制。
新次郎は転がって避ける。
うん、突きは何とか通用しそうだな。
今度は先程よりも少し距離をとり、左手に構える。
別に俺は左利きではないが、一応はどちらも使える様に訓練はしているのだ。
使えるってだけだが…
新次郎も左利きを相手にした事があまりないのか、少し体が強張る。
構えも普通じゃないしね。
その隙を逃さず、半歩踏み込んでの左片手突きをかます。
踏み込んだ上に片手突きなので、先程よりもリーチが伸びている。
袋竹刀が新次郎の喉元に吸い込まれる様に伸びていき、突き刺さる前にピタリと止める。
よし、勝った。
剣術勝負で長い袋竹刀を槍の様に使って戦った訳だが、文句は出なかったので大丈夫だろう。
色物か余興とでも思われているのかもしれないが。
「ふむ、面白き物を見せて頂いた。しかし、傳兵衛殿の剣術は、些か変則に過ぎるというのは置いておくとして、最初の構えは些か…」
宗厳は俺の剣術を見て、そう感想を述べる。
「剣の腕では及びませぬ故、剣先を振る事により狙いを悟らせぬように出来ぬかと思ったのですが…」
大不評だなぁ。
まあ、通用しないとは思ったが、無様を晒すだけで終わったしな。
北辰一刀流の創始者になる野望は潰えた。
宗厳も意図は理解してくれた様だが、自分には必要ないって感じだな。
「始めの構えは兎も角、最後の突きは見事でしたな」
忠正…結城山城守先生が最後に出した突きを誉めてくれる。
フォローしてくれてるのかな?
「左様、左片手突きは御見事に御座った。新次郎も勉強になったであろう」
柳生新左衛門先生も誉めてくれる…少し頑張ってみようかな。
「父上、御言葉ですが、傳兵衛殿の戦い方は剣術ではなく槍術では?」
対戦した新次郎には、俺へのクレームという程ではなく、ちょっと納得いかないくらいの不満があるみたいだな。
まあ、わかる。
得物も長いし、構えも槍術みたいだしな。
「未熟者め。確かに傳兵衛殿は、槍術を元に戦われたのであろうが、得物は確かに太刀を想定しておられた。ならば剣術だと言えよう。そもそも槍術だとして、お主が敗れた事に変わりはあるまい」
そんな怒らんでも…
いや、まあ、確かに大太刀を想定してこの袋竹刀を作ったけど、槍術ベースなのは間違いないからなぁ。
まあ、親子の…違うか、師弟の話に部外者が首を突っ込むのも面倒な話なので無視するが。
陽も傾いて来たので、新左衛門先生と進斎先生、松永霜台にお礼と別れを告げ、帰路に就いた。
今日は色々収穫があった。
家臣達も多少はパワーアップした事だろう。
それに新左衛門先生から、宝蔵院槍術の胤栄への紹介状も頂いたし。
才蔵には、是非とも胤栄に弟子入りしてもらいたいからな。
袋竹刀で全長151cmなら、大太刀で刃長113cmくらい。
真柄の太郎太刀(全長303cm、刃長221.5cm)の半分くらい…




