213 柳生と松永と
「お主の兄が松永家に居ったよな?」
斎藤五郎左衛門に確認を入れる。
「はっ」
「お主の兄から、松永家の柳生新左衛門殿に稽古を頼む事は出来ぬか?」
松永久秀の家臣に、新陰流の柳生新左衛門宗厳…後の柳生石舟斎がいたと思うんだが。
森家には、剣術師範の丹石流の野中伯山先生がいる訳だが、美濃金山城に居るので京に居る俺達は稽古をつけてもらえない。
ここ半年くらいは、美濃の領地を勝三郎や竹腰摂津守に任せていた為、あまり金山城に寄る機会がなく、伯山先生に稽古をつけてもらう回数が減ってしまっていたのだが、吹田の戦いでやられてしまった家臣達を鍛え直す為にも、短期間でもいいので有名な剣豪に稽古をつけて欲しい。
数人なら美濃へ戻してもいいのだが、折角上洛しているのだから、別の達人に稽古をつけてもらうのも良いのではないか。
柳生石舟斎や宝蔵院胤栄に、稽古をつけてもらえないか聞いてみたい。
京には吉岡憲法がいるが、幕府御抱えの剣術師範なので、幕臣に話を通すのとか、色々な意味で頼み辛い。
だから、先ずは松永家家臣の柳生石舟斎からだな。
そこから、宝蔵院胤栄を紹介してもらおう。
以前、斎藤五郎左衛門の兄の土岐頼次とは接触するな、と殿に言われたが、あの時はまだ松永久秀も一応三好家におり、美濃守護職奪還の動きをされると面倒だったからだ。
今、久秀と同陣営になったからにはその心配も無く、連絡を取る事くらいは出来る。
美濃に呼んだら怒られるかもしれないが。
「殿、柳生新左衛門殿は、松永霜台殿と共に上洛されると報せが参りました。その時であれば、数人なら御相手致すとの事に御座います」
よし!
五郎左衛門からの知らせに、思わずガッツポーズをかます。
取り敢えず、俺と剣術家の野中権之進、仙石新八郎は確定として、後は誰を連れていこうかな。
数人という事なら、若手を向かわせるべきだろうな。
数日後、柳生宗厳が松永久秀と共に上洛したと知らせが入り、いよいよ稽古の日がやってきた。
稽古に出向くのは、俺、斎藤五郎左衛門、野中権之進、仙石新八郎、青木所右衛門、可児才蔵、加治田新助、天野加兵衛、戸田三郎四郎、前田慶次郎の10人。
あまり大人数で押し掛けるのも何だから、厳選させてもらった。
五郎左衛門は、松永家との繋ぎをしてもらったので、連れて行く。
権之進と新八郎は剣術家だから、連れていくに決まっている。
吹田では悔しい思いをしているので、この稽古で何か掴んでくれ。
同じ思いをした岸新右衛門と井上半右衛門の分まで頑張って欲しい。
ちなみに、この二人は怪我の為に休養中だ。
深手を負った訳でもないので、直ぐに帰ってくるだろう。
才蔵、新助、所右衛門の3人は、更なる戦闘力アップの為に連れてきた。
古参とも言える三郎四郎は、同僚達からちょっと出遅れている感がしたので、ここで開花してもらいたい。
天野加兵衛も、ちょっと血の気が多く短慮な所があるので、何かの切っ掛けにならないかと思ったので連れてきた。
あと、なんか変なオッサンが混じってるけど…何処から嗅ぎ付けてきたんだろ?
滝川彦右衛門殿と共に上洛したんだろうが…
「御初に御目にかかります。織田家家臣、森傳兵衛に御座います。此度は某の我儘を御聞き届け頂き、感謝致します」
先ずは丁寧に御礼を述べる。
誰が宗厳かは知らんが、何人か固まっている中の1人…多分年齢的に、その人だろうとは思うが…に頭を下げる。
「柳生新左衛門に御座る。此方は松永霜台様、結城山城守殿、土岐二郎殿、某の嫡男の新次郎に御座る」
宗厳に紹介された人物が問題だな。
土岐二郎は問題ない。
ここに連れてきた斎藤五郎左衛門の兄で、今回の稽古のセッティングをしてくれた人物だからな。
宗厳が嫡男の新次郎を連れてくるのも分かる。
初陣で怪我をして廃人となったという話もあったが、見た限り何ともなさそうなので、この後の戦で怪我をするのだろうか?
確か俺と同じ歳だったな。
問題なのは残りの2人…松永弾正少弼久秀と結城山城守忠正だ。
結城忠正は、松永久秀の家臣で高名な剣術家だから、見物に来たのかもしれない…いや、既に老齢だが剣の達人だし、松永久秀の護衛かも…
まだ、理解出来るのかな?
でも、熱心なキリシタンである忠正に、今は会いたくはなかったな。
キリスト教の話が出ない事を祈ろう。
松永久秀は何故来た?
いくら家臣の柳生家に話が来たとは言え、剣術の稽古に顔を出す必要なんてないだろう。
「傳兵衛殿は、此度の戦の褒美に茶を、それも茶の木自体と職人を所望されたとか。一体どの様な数寄者かと、興味がありましてな」
え~、そんな理由かよ…
家臣達が柳生宗厳や結城忠正にボコられていくのを横目に、松永久秀と話す。
「まだまだ、駆け出しに御座います。しかし、何れは宗易殿の様に…」
そう、何れは千利休のように…茶の湯で大儲けしたい。
「成る程」
「美濃の領地にて、茶器を焼かせております。未々にございますが、何れは唐物を超えるものをと思っておりまする」
当然、ウチの茶器のアピールも忘れない。
「いやはや、傳兵衛殿は、既に思った以上の数寄者に御座いますな」
久秀は、しきりに感心した様に頷いてくれる。
これで次回は、持参した茶器を見てくれるだろう。
気に入ってくれて販路が出来ればいいなぁ…




