212 茶
「傳兵衛、望む物はあるか?」
殿に呼び出されて、そんな事を言われる。
大島鵜八の移籍料の事だろう。
少し前に竹丸も召し上げられてるしね。
俺が与えていた鵜八の知行と、新しく殿が支払う知行の差額に、色を付けて加増してもらうのは当然として、他に何か…
本当は近江に纏まった領地を頂きたいのだが、無理なのは分かってるさ。
なら、知行とは関係のない物を貰おうか。
「領内にて茶の木を育てたいと考えております。叶いますならば、宇治より茶の木を持ち帰る事と、幾人か借り受けたく…」
思いきって、お茶を栽培したいので、茶の木と、栽培のノウハウを持った人を派遣して下さいと御願いしてみる。
「ふむ、金銭ではなく、茶を望むか…」
「鵜八も、その前の竹丸も、決して金銭に変えられる様な者達では御座りませぬ」
そう、金銭トレードなんて真っ平御免だぜ!
最も利益が出せて、俺の役に立つ物と交換して貰いたい。
「お主、茶器ばかりか、茶も自らの手で作らねば気が済まぬのか?」
俺は、武将との交流を深める為に茶の湯を学んだ。
とは言え、茶の湯にはお金がかかる。
経費を節減し、尚且つお金が儲かる様に道具を自前で作る事にした。
その為に、久々利の地に一流の陶工を招致し窯を開かせ、茶器の製造を始めた。
しかし、まだ足りない物がある…そう、お茶だ!
いや、茶釜など鋳物や、茶筅や茶杓などの竹製の物にもまだ手を出してないけど…
兎に角、お茶が無いのに茶の湯は出来ぬ。
という事で、宇治の茶園に茶の木を分けてもらおう!
ついでに、それを育てるノウハウを持った職人も派遣してくれたら嬉しいな?
分けてくれるかなぁ?
「流石に己の道楽の為では御座いませぬ。頂いた水沢の地を見て、茶を育てるのに適しておるのではと思った次第に御座います」
自分の欲の為に茶を育てたいと思われてもアレだから、否定はしておこう。
「…良かろう。宇治朝日の茶園は武衛家の物故、そこより手配するが良い」
「はっ、有り難う御座いまする!」
やったぜ!ノウハウをパクってやるぜ!
足利義満の時代に宇治に造られた6つの茶園の一つ、朝日園は斯波氏が造らせたものだ。
ちなみに残りは、将軍家と京極氏が2つずつに山名家が1つ。
これに上林家の茶園を加えて、宇治七茗園と呼ばれている。
前世で現存していたのは、京極家の奥山園だけしかなかったが。
早速、増田仁右衛門を朝日園へ向かわせる。
後の事は、水沢城に残っている名取将監と加治孫九郎に任せよう。
ああ、これで自分の茶畑を造る事が出来るぞ。
楽しみだな。
とはいえ、幾らお茶を作った所で、宇治茶に勝てる訳がない。
旨い不味いの話ではなく、格とか権威とかの話だな。
どれだけ頑張って作っても朝廷や公家連中は、宇治茶の方を有り難がるに決まっている。
だから、抹茶で勝負はしない。
勿論、俺が茶の湯で使いたいので抹茶も作りはするが、本命は煎茶だ。
確か、玉露や冠茶などは、収穫前に日光を遮ってやるんだったな。
もう宇治では、抹茶を作る時に被せ物をして日光を遮っているので、その応用で玉露とかも作れるんじゃないかな?
その為に、宇治茶の農家まで連れて行く許可を貰ったんだからな。
後は、番茶や焙じ茶なんかも作ってみたいし、発酵させれば紅茶に、半発酵させれば烏龍茶になるんだっけ?
発酵のさせ方とか知らんけど、インドから船でヨーロッパに運んでる間に紅茶になったそうだから、いけるんじゃない?
その話が、本当かどうかも知らんけど…
俺はお茶職人でも何でもないし、知識もあやふやだから、茶農家に大まかに指示を出して、試行錯誤してもらうしかないんだけどな。
どれか一発でも成功してくれたらいいなぁ…最悪全部外れでも、俺が茶の湯で使う分の抹茶は確保できるけど、それだけじゃ赤字だしな…
この煎茶や紅茶などは、まだ作られてない…ひょっとしたら個人で飲んでる人はいるかもしれないが、少なくとも商売にはなってないはずだから、当たればデカいよね。




