211 鶴千代
蒲生鶴千代視点です。
近江国蒲生郡日野村日野城 蒲生鶴千代
「鶴千代、お主には織田備後守様に仕えてもらう。良いな?」
「はい」
某は、祖父である快幹軒宗智(蒲生定秀)の言葉に頷き、従う。
蒲生家は、六角家に従って、上洛を目指す左馬頭様の軍勢と戦った。
しかし観音寺城は、右衛門督とその父承禎が逃亡した所を織田家の将に捕らえられた為に、戦う事なく落城。
当家も降伏し、某が人質として備後守様の下へ向かう事になった。
それでも蒲生家は日野城に篭って戦った為、備後守様からも高い評価を得る事が出来たそうだ。
やはり武士たるもの、意地を通す事こそが大事なのだ。
「先刻左兵衛大夫より報せが届き、備後守様は摂津での戦を終えて京へと戻られた。備後守様は、早速お主を寄越せとの事。お主には傅役に町野左近を附ける故、支度が出来次第、儂と左近と共に京にいる左兵衛大夫の元へ向かう」
父、左兵衛大夫は、備後守様に従い摂津で三好家と戦っていた。
その戦も終わり、いよいよ某が備後守様の元へ向かう事となったのだろう。
「はい、承知致しました」
祖父に連れられ、傅役の左近と共に京へと向かう。
これからの事に多少の不安を覚えるが、左近の室は私の乳母なので、その点は安心出来る。
京へ到着し、父の逗留している寺を訪ねると、何処かへ出掛ける用事でもあるのか、身支度を整えた父と、当家へ織田家臣従の説得に来られていた叔父にあたる神戸蔵人大夫殿が居られた。
「鶴千代、良い所へ参った。これより森三左衛門殿の所へ参る。其方も来い」
着いて早々、森家へ挨拶に向かう事となった。
甲賀郡や蒲生家の調略は、森家の主導で行われた様で、戦も終わった為、改めて御礼を述べに参るそうだ。
森家の逗留先の寺を訪ねると、当主の森三左衛門様と、偶々来られていた柴田権六郎様が居られた。
三左衛門様、権六郎様の御二方は、流石は織田家の重臣、まさに勇将猛将の風貌があり、御二方の知己を得られた事を嬉しく思う。
機会があれば、是非とも御二方の武勇伝を御聞きしたい。
暫く歓談が続くと、三左衛門様が家人と何事か話される。
「丁度、当家の嫡男の傳兵衛が戻ってきたようだ。挨拶させよう」
程無く、大柄な男がやってくる。
背丈が六尺もある権六郎様程ではないが、十分背丈がある。
何故か火縄銃を持っているのが気にかかるが…この方が傳兵衛殿であろう。
「傳兵衛、此方は蒲生左兵衛大夫殿と御父上の快幹軒宗智殿。それに左兵衛大夫殿の御嫡男の鶴千代殿だ」
「御初に御目にかかります。三左衛門が嫡男、傳兵衛に御座る」
「ところで傳兵衛殿、その鉄砲は?」
突然、祖父が鉄砲の話をしだす。
確かに傳兵衛殿の傍らには、鉄砲が置かれているが…
「既に戦でも使われております故、ある程度数を揃え、修練せねばなりますまい」
「とかく若い者は槍働きのみに目を向けるもの。いや、若いのに新しい武器を取り入れようとするとは感心な事だ。鶴千代、お主も傳兵衛殿を見習う様にな」
傳兵衛殿の言葉に父も深く頷き、傳兵衛殿を褒めそやす。
代わりに私は、窘める言葉を言われて頭を下げるが、戦となれば自ら先陣を切り、槍を振るう事こそ、武士の誉れであろう。
傳兵衛殿も、今の私の齢の頃には既に敵将を討ち取り、知行地を得ていたとの話。
やはり今は、槍の腕を磨く事こそ肝心であろう。
「日野の鉄砲も試してみる気は御座らぬか?決して日野筒は堺筒にも負けぬと自負しておるのだが」
確かに祖父は、領内で鉄砲を造らせているが、何も商人の真似事などせずともよかろうに…
「興味は御座いますが、何分堺にて中筒を買うたばかり。まだ家臣にも、碌に鉄砲を扱える者が居りませぬ。扱える者が居らねば、宝の持ち腐れに御座いましょう」
ほれ、傳兵衛殿も困っておられる。
「此度の戦で当家を頼って来た者がおります。その者の中には、鉄砲を扱える者が居るやも知れませぬな」
断ろうとする傳兵衛殿に、祖父は尚もしつこく食い下がる。
結局、傳兵衛殿が折れ、家臣の紹介と引き換えに、五丁の鉄砲を買われる事となった。
「何故あれ程熱心に、傳兵衛殿に鉄砲を御薦めになられましたか?」
森家の逗留先を辞すると、早速祖父に問い質す。
「鉄砲を買わせるのが目的ではない。傳兵衛殿との縁を深める為よ。傳兵衛殿が当家でも造っておる鉄砲に興味を持たれておられた故、これ幸いと口実にしたまでよ。傳兵衛殿の下に人を送り込む事も出来る故、まずまずの成果だ」
しかし、まだ若い傳兵衛殿に其処迄入れ込む必要があるのだろうか?
「傳兵衛殿は重臣森家の嫡男というだけではない。元服前に既に手柄を立てて領地を与えられ、以来数々の武勲を立てておられる。恐らくは織田家中において、若手筆頭であろう。そんな傳兵衛殿と誼を通じておくのは、其方の為にもなる」
なんと!傳兵衛殿は、まだお若いのにも関わらず、其程の武勲を立てておられるとは!
ああ!もっと傳兵衛殿に御話を聞いておくべきであった!
「ちょうど今、当家に仕官を願い出ておる同郷の者が二人おる。鶴千代、気に入った方を其方の家臣とし、残った片方を傳兵衛殿に紹介する」
む、二人の内、片方を選ぶのか…
どちらも気に入っているのだが…仕方ない。
「では、隼人佐を某の家臣に」




