201 旗を射抜け
摂津国芥川城 小笠原家 小笠原長時の三男 小笠原右近大夫慶貞
「何れ程の者かと思えば、小笠原信濃守は時勢も読めぬ愚か者であったとは!武田に領地を奪われるのも納得よ!」
「大層な強者と言われておるが、どうやら買い被りの様だ!弓馬の腕も大した事はあるまい!」
「小笠原流の弓術というのも、実は大したものではないのではないか?!」
城の外から、その様な罵詈雑言が聞こえてくる。
「父上!あの様な事を言わせておいて良いのですか!今すぐ蹴散らしてくれるわ!」
今すぐにでも、その口を引き裂いてやろうと、急ぎ出陣の支度を始める。
「待たれよ!右近大夫殿。あの様な見え透いた挑発に乗ってはならぬ。ここは籠城し、少しでも刻を稼ぐのが肝要ぞ!」
城主の三好日向守殿が止めに入るが、その様な事はどうでも良いのだ。
「あの様な罵詈雑言、捨て置く訳にはいかぬ!ここで逃げては、相手の言い分を認めたも同じ事!小笠原家の家名に泥を塗るような事など、決して出来ぬわ!」
日向守殿を押し退けると、既に支度を終えた父上がやって来た。
「右近大夫、支度は終えておるな!出るぞ!」
「待たれよ、信濃殿!」
「日向守、止めても無駄ぞ!尾藤の小倅共を射殺さねば気がすまぬ!あの様な減らず口を叩いたことを地獄で後悔させてくれようぞ!」
日向守殿の制止を振り切り、父上と共に出陣し、織田軍のうち、尾藤親子のいる森家の陣に向かい馬を駆る。
すると、敵陣より老齢の者が出、弓を構えるのが見える。
その者が矢を放つと、小笠原家の家紋である三段菱の旗の中心を射抜く。
「おのれ!小癪な!」
父上が仕返しとばかりに、その者の背後にある鶴の丸紋の旗に射返す。
流石は父上、矢は違わず旗目掛けて飛んでいく。
しかし、突如若武者が鶴の丸紋の旗の前に躍り出たかと思うと、槍を振るい矢を弾いてしまう。
「馬鹿な!」
その光景に思わず声が漏れ、父上の方を見ると、そこに父上はおらず、馬だけがぽつりと立っている。
「父上!」
振り返ると後方に父上が倒れている。
急いで馬首を返し、父上の元へ急ぐと馬を飛び降りる。
「父上!!」
倒れた父上の眉間には矢が刺さっており、その上、頭から落ちたのか首の骨が折れてるのが見て取れ、一目で助からぬと分かる…
「ほう、本当に信濃守を射殺すとはな…」
背後からの声に振り返ると、壮年の武者に近づかれていた。
当家の兵達の足が止まった所を付け入られ、織田軍の突撃を許したのだろう。
「某、織田家家臣、坂井右近将監と申す。信濃守殿の御身内と御見受けする。その首、貰い受ける。槍を取られよ」
周りを見渡すと、既に織田軍に取り囲まれており、最早これまでか…ならば一人でも多く敵を討ち取り、世に小笠原の名を轟かせようぞ。
「小笠原信濃守が三男、右近大夫貞慶!御相手致す!」
と、言い捨てると槍を坂井右近将監に打ち付ける。
二人で数合打ち合うが、中々勝負が付かない。
焦れてきた頃、右近将監は槍を力任せに振り切り、虚を衝かれた我は槍を弾き飛ばされてしまう。
まさか一兵も討ち取ることなく終わるとは…
「三左ばかりが手柄を立てるのも癪なのでな!」
迫る槍を防ぐ術もなく、首筋に痛みが走ると同時に意識を失った。




