196 四手井城で
三井寺を出て京への入り口である山科へ入ると、山科郷士のひとつである厨子奥村の四手井家へと向かう。
山科には色々郷士がいるが、この四手井家には密かに織田家と同盟している松永家に仕えている者がいて、集合場所に指定されている…らしい。
恐らくこの辺りに荘園を持つ山科家の誰かも来ているだろうから、情報収集はしておかないと。
四手井城へ向かい家人に、俺と肥後守殿の到着を知らせてもらう。
その家人が引っ込むと入れ替わりに男が飛び出してきて、肥後守殿を見てピタリと止まる。
知り合いかな?
「これは肥後守殿!よい所へ御越しになられた!」
「おお、山城守殿に御座らぬか。慌てて如何なされた?それに良い所にとは?」
「近江におられる備後守様の元へ向かう所に御座った。して、そちらの御仁は?某、松永霜台が家臣、赤塚山城守と申す」
赤塚山城守とやらは、此方を向いて自己紹介を促してくる。
「某は織田家家臣、森傳兵衛と申す。上洛にあたり、京周辺の動きを探りに参った」
「おお、それは益々好都合。霜台より備後守様へお伝えしたき事がありまして。詳しい話は中にて」
松永霜台…松永弾正少弼久秀、略して松少さん。
今頃は確か…東大寺の大仏を焼いてる頃だったか…いや、まだ半年程早いか。
何か不都合な事でも…いや、切羽詰まってたら、山城守も俺達の事は他に任せて、そのまま馬を走らせているよな。
屋敷の中に通されると、早速城主を紹介される。
「おお、肥後守殿、傳兵衛殿、良い所へ参られた。松永家家臣、四手井左衛門尉と申す」
「織田家臣、森傳兵衛に御座る」
う~ん…こっちも知らん!!誰やねん!
「では、早速に御座るが、霜台よりの話をしたく思うが…」
左衛門尉殿は、自己紹介もそこそこに本題に入ってくれる。
「という訳で早々に上洛を果たし、大和への援軍をお願いしたいと、山城守を使いに出す所に御座ったのだが」
えっ~と、四手井左衛門尉の話では、いま大和で松永VS三好・筒井戦を絶賛開催中なので、その隙に上洛して、三好軍を追っ払えって事か。
でもそれは、足利義昭次第じゃないかな?
今、アイツ待ちの状態だし。
アイツがのんびりしてるから、一週間くらい時間が空いてる訳だし。
松永家が敵を引き付けているので、京ががら空きだと知ったら、義昭も行軍速度を速めてくれるかな?
肥後守殿と顔を見合わせ頷き合う。
「承知致した、直ぐに備後守へ知らせを送りましょう。新右衛門、山城守殿を殿の元へ御送りせよ。それから、父上にも知らせよ」
「はっ!」
護衛の岸新右衛門に、山城守を連れて殿や親父に知らせに戻るよう命じる。
「傳兵衛殿、某も左馬頭様の元へ戻ろうと思う」
ついでに飯川肥後守殿も足利義昭の元へ戻ると言う。
新右衛門、肥後守殿、山城守を送り出し、残った左衛門尉に更に詳しい話を聞いていると、山科家より大澤出雲守(大澤綱守)殿がやって来る。
「傳兵衛殿、左馬頭様の元服の儀以来に御座いますな」
山科家の家司である大澤出雲守殿の事は、山科言継と一緒に美濃へ来て酒を飲んで行ったので覚えている。
出雲守殿と洛中の様子や三好家の最新情報などを聞いて、改めてお互いに協力することを確認し合う。
「兎も角、傳兵衛殿、京や山科の地に被害が及ぶ事のなき様、くれぐれも御頼みしますぞ」
山科家は今回の上洛に協力する事で、山科にある荘園を安堵してもらう約束になっているので、かなり積極的に動いてくれている。
でも史実の室町幕府は、山科家の領地と認めても、横領は止めなかったけどね。
「はっ、必ず備後守に伝えまする。内蔵頭様にも宜しく御伝えくだされ」
平野右京進に織田家から人が来るまで、ここに残って洛中との折衝と情報収集を任せると、殿のいる桑実寺へと急ぎ戻る事にする。
甲賀がどうなったかも気になるしね。




