190 箕作城を落として
神子田正治視点です。
近江国神崎郡山本村箕作城 木下家家臣 神子田半左衛門尉正治
夕刻より始まった箕作城への攻撃は、残念ながら堅固な守りに防がれてしまった。
流石は佐々木六角氏と言ったところか。
既に落日とはいえ、腐っても名門なだけの事はある。
やや消沈しながら、自陣へと引き上げる。
だが直ぐに主君である木下藤吉郎様より呼び出しを受け、今晩夜討ちをかけることに決まる。
三尺の松明を大量に用意し、城の数十ヶ所に積み重ね火を付ける。
昼間に長時間戦っていた為か、夜討ちをかけられるとは思っていなかったのであろう。
四方より木下、丹羽、佐久間、滝川、徳川の各軍で城を攻め立てると、忽ち城内は混乱する。
混乱する兵では相手にもならず、次々と武功の糧となっていく。
が、火の手より逃れようと必死で外へと向かう敵兵に、此方も予想以上の被害が出ている。
だが、徳川軍を率いる松平勘四郎(松平信一)殿が本丸に一番乗りを果たし、佐久間軍が雪崩れ込むと、敵兵は逃げ去り、箕作城は落ちた。
「くぅ、徳川の援軍などに一番乗りを取られるとは!」
勘四郎殿に手柄を取られたのが余程悔しいのか殿の愚痴が止まらぬ。
「城攻めの策は殿の出したものに御座る。その様な運で得ただけの功など捨て置かれませ」
偶々、勘四郎殿に運があっただけで、この戦の大功は殿にあるのだから放っておけば良い。
「おお!そうだな!流石は半左衛門、分かっておるわ!松平よりも儂の方がこの勝利に貢献しておるわ!」
一転、上機嫌に笑いだす。
全く、殿も大小の利を弁えず、槍働きだけで功を計るとは、まだまだよな。
某の主となったからには、その辺りを弁えてもらわねばな…
「兄上!和田山城は既に落ちた様に御座います」
「なに?」
皆、その報を受け驚く。
次に向かうのは和田山城か観音寺城かと、大殿の下知を待っていたが、小一郎様の話では既に和田山城は落ちたようだ。
「箕作城の落城を知った和田山城の兵が逃げ出し、戦わずして落ちたそうに御座る」
「な、なんと…」
なんと情けない…和田山城には主力が入っておるとの話であったが、その兵が戦いもせずに逃げ出すとは…
「では、和田山城を落としたのも我等という事になりますな」
殿の義兄である弥助が調子の良い事を言うと、殿も「そうなるな」と大笑いしている。
「我等は夜が明けてから、観音寺城へと向かい柴田様等の兵と合流せよとの下知に御座います」
「分かった。夜明けまで暫し兵を休ませよ」
殿や弥助の馬鹿笑いを背に兵を休ませる為の指示を出す。
夜が明け、観音寺城へと向かおうとした頃、森家より観音寺城の落城の知らせが来る。
「観音寺城が落ちたとは真か?!」
これには殿だけではなく、某も驚きを隠せない。
「はっ、夜明け前に六角承禎、右衛門督等は、城を捨て落ち延びようとした所を、街道に伏せていた柴田権六郎様、森三左衛門様によって捕らえられ、その隙に坂井右近将監様、蜂屋兵庫頭様等が観音寺城へ攻め込み、ほぼ無傷にて落城せしめた由に御座います」
知らせを持ってきた森家家臣、近松某の話に暫く皆も黙り込む。
六角親子を捕らえ、観音寺城を無傷で落とす大手柄を上げられるとは…
「我等の働きのお陰で、和田山城どころか観音寺城まで落とせたという事に御座いますな!」
「そうじゃな!弥兵衛!此度の勝利は儂のお陰じゃな!」
殿の義兄である浅野弥兵衛(浅野長吉、後の長政)殿の言葉に殿に笑顔が戻る。
流石は付き合いの長い弥兵衛殿、殿の機嫌が良くなった。
しかし、兵を伏せていたという事は、六角承禎が城を捨て逃げるのを読んでいたという事。
我等が夜討ちにて箕作城を落とす事が分かっていて、それをまんまと利用されたという事であろうか…流石にそれは…
ふと見ると、小一郎様が近松某に話を聞いていたようで、近松殿が去った後、小一郎様の元へ向かう。
「半左衛門殿も気になられたか?」
「はっ、予め兵を伏せていたという所が…まるで逃げ出す事を知っていたかの様に思われます故」
小一郎様の言葉に同意する。
「どうやら森傳兵衛殿の差配らしい。全く、日中に苦戦していた我等が夜討ちを仕掛け、ましてや城を落とすと分かっておられたというのか…」
「さっぱり分かりませぬな」
二人して首を捻る。
全くどういう頭をしておられるのやら…




