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討ち死になんて勘弁な  作者: 悠夜
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188 観音寺城脱出

 近江国観音寺城 六角家当主 六角右衛門督義治


箕作(みつくり)城が落ちた様に御座います」


「なんと!一日で落とされたと言うのか!」


 家臣の報告に父の承禎(じょうてい)が驚く。

 和田山城に兵を集めていたのにも拘わらず箕作城を攻められ、思惑を外されたとはいえ、まさか一日で落城するとは…一体何をやっておったのか!

 使えぬ!


「箕作城を落とされたとはいえ、まだ和田山城の本隊は残っております。三好家が来るまでの時は稼げましょう」


 弟の次郎左衛門(六角義定)は、本気でまだ戦えると思うておるのだろうか?

 家臣の裏切りが相次ぎ、頼りの三好家も大和で松永と争っており、恐らくは間に合うまい。


「右衛門督、ここは…」


 父が言いかけた言葉を制し頷く。


「日が昇る前に夜陰に紛れ城を出、甲賀へ向かう」


「兄上!何もせずに城を捨てると申されるか!尾張の田舎者などに城を明け渡すと!」


 城を捨てると告げると、次郎左衛門が反対してくるが、こいつは馬鹿なのか?

 いつ裏切り者が出てもおかしくない状況で籠城など出来よう筈もあるまい。


 これまでも観音寺城を落とされる事はあったが、我が六角家は甲賀へと逃れ抵抗し、城を奪い返してきた。

 ここで無理をして勝てぬ戦を挑むよりも、一度甲賀へ逃れて再起を図る方が良い。


 次郎左衛門を怒鳴りつけようとした時、家臣が急ぎやって来る。


「殿!和田山城は戦わず開城!城主の田中治部大夫殿は逃亡し行方知れず!」


「馬鹿な!治部大夫は何をやっておるのか!即刻叩き斬ってくれるわ!」


 家臣の知らせに、次郎左衛門が激昂するが、これには流石に同感だ。

 治部大夫め!戦わずに降伏とは!

 少しでも刻を稼ごうとは思わぬのか!


「父上、次郎左衛門、こうなっては仕方ない。直ぐにでも甲賀へ向かうぞ」


 今度は流石に次郎左衛門も頷き、城を出る事に同意する。



 城の南、城下の石寺は織田軍に包囲されているので、西の桑実寺を抜け甲賀へ向かう事にする。

 まだ日の昇らぬ内に兵を率い、敵に見つからぬ様に観音寺城を出る。


「速やかに石部城へ向かう」


 石部右馬允の守る石部城には、曾祖父の頃にも観音寺城を捨て逃げ込んだ後、観音寺城を取り戻している。

 今回も石部城へ逃げ込むのが良かろう。


「念の為、分かれて向かうぞ」


 父が皆に分かれて石部城へ向かう事を告げると、先に次郎左衛門を先行させ、少し遅らせ馬を走らせる。

 門を出て暫くすると、城の方で大勢の大きな声が上がる。

 どうやら織田の兵が城へ攻め込んだ様だ。

 早くこの場を離れねば!


 甲賀へと馬を走らせていると、後方が騒がしくなる。

 ピューっと鏑矢の音が響く。


「殿!後方より敵襲に御座います!」


 チッ、城を捨てる事を見抜かれておったか!


「数は!?」


「奇襲の上、まだ暗く、確かな事は分かりませぬが、恐らくは二、三百程かとは思われます」


 兵を分けるのではなかったか。

 このまま戦っても勝ち目はあるまい。

 ここは甲賀へ逃れる事のみを考えるべきだな。


「構うな!このまま振り切り、甲賀へ向かう!」


「それは困りますな!」


 敵を無視し、甲賀へ逃れるよう指示を出すと、横合いより敵が現れ襲いかかってくる。


「某は織田家家臣、柴田権六郎!(さぞ)や名のある方とお見受け致す。最早(もはや)逃げる事は叶わぬ。大人しく投降されよ」


 くっ、どうにか逃れることは出来ぬものか…


「権六様!」


 思案している所に、新たな兵がやってくる。


文荷斎(ぶんかさい)か!」


 やはり敵の兵だな。

 もはや逃げ場はあるまい…ここまでか…


「六角家当主、右衛門督である。事此処に至っては致し方あるまい。其方(そなた)に降ろう」



 その後、やはり捕まってしまった父も連れられて来るが、次郎左衛門の姿はない。

 どうやら先を進んでおった事で逃げ(おお)す事が出来た様だ。

 儂が先を走れば良かったか…

レビュー頂きました。有り難う御座います。(返信できる場所ないのね…)

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