187 石寺は焼かなくてもいいよね
自陣に戻り今度は、家臣や与力連中への説明をする。
「では、石寺を囲むだけで、打ち壊しも何もせぬと?」
与力衆の肥田玄蕃允忠政などは不満顔で確認してくる。
「何もせずに手に入る物を態々壊す必要などあるまい」
「しかし若、真に六角家が城を捨て逃げ出すとなれば、我等が武勲を立てる事も叶いませぬな」
森家の家老で俺の母方の祖父でもある林新右衛門(林通安)も、不満がありそうだな。
観音寺城の城下町である石寺を囲むだけなので、武勲を立てようがないし略奪も出来ないので当然かな。
「心配はいらぬ。この近江での戦などは、戦の前口上にすぎぬ」
「ほう、傳兵衛殿は、この戦を前口上と申されるか」
佐藤右近右衛門(佐藤忠康)殿が面白そうに尋ねる。
「左様。京を支配しておるのは三好家に御座る。つまり三好家を畿内より追い払うのが、この戦の目的。近江での戦で悪戯に兵を損ねては、肝心の三好家との戦では後方で眺めているだけという事にもなりかねぬ」
「成る程」
俺の言葉に、生駒甚助(生駒政勝)殿が納得した様に頷く。
「箕作城ではかなりの被害が出たと聞く。ならば主力は我等か、和田山城を攻める西美濃衆となろうが、殿も西美濃衆よりは、尾張以来の古参である我等の兵を使い活躍させたいはず。だが、我等の被害が大きければ、西美濃衆が主力を担う事になるやもしれぬ」
ここで兵を消耗しては、本番の京を舞台とした三好家との戦で活躍できなくなるぞと脅して駄目押ししておく。
「それは御免被りたい所ですな。出来るならば、より大舞台で大暴れしたいものですな」
武藤五郎右衛門(武藤兼友)が、俺の話に乗ってきてくれる…いや、五郎右衛門だから、ただの本音が漏れただけかもしれない。
どっちでもいいが、これで何もしなくても文句を言われる事はないだろう。
「清右衛門、お主は父上が接敵し次第、援軍に向かえ」
敵がどれだけの数を連れて脱出するかも分からないし、増援は出しておかないと。
各務清右衛門元正(森家に仕官した際に勘次郎より改名)に親父への増援に出る様、命じる。
夜明け前。石寺を囲んで待っていると、親父の家臣である岸三之丞(岸教明)が伝令として飛び込んできた。
「傳兵衛様!只今観音寺城より敵兵が出ました。殿は、これより奇襲するとの事に御座います!」
予想通り、六角承禎らは夜明け前に城を抜け出し甲賀方面へと逃走したようだ。
各所に物見を放ち甲賀へと向かう街道に兵を伏せて待ち構えていた親父と権六殿は、無事に接敵できた様だ。
奇襲を敢行するのだから、敵は大した数ではなかったのかもな。
「清右衛門を父上の所へ向かわせよ!我等は予定通り、観音寺城を攻める。右近将監殿、兵庫頭殿、柴田源吾殿に伝令を」
こちらも予定通り各務清右衛門を増援に出して、観音寺城を陥落させるべく、各兵を率いている坂井右近将監殿と蜂屋兵庫頭殿、そして権六殿の代わりを務めている弟の源吾殿に伝令を出して了承を得る。
まあ、放っておいても誰もいないので落ちるのだが、落ちるのと落とすので若干印象が変わる事もあるだろうし。
皆、逃げ出しているので、殆ど抵抗もないだろう。
谷野大膳や、前野将右衛門、森勝三郎等が勢いよく城へ突入していくが、まあ出番は殆どないだろうな。
「刀を捨て降伏せよ!」「右衛門督は情けなくも城を捨て逃げ出したぞ」「承禎は既に捕えたぞ!」など、六角義治が逃げ出したと喧伝しながら降伏を呼び掛けているので、ほぼ抵抗する事なく降伏してくれる。
兵士は殆ど襲ってこないだろうが、非戦闘員など、残っている者がいないか確認しながら本丸を目指す。
前世で言われていたような無血開城とまではいかないが、恐らくはこのまま何事もなく本丸を占拠できるだろう。




