183 とうとうあの人がやって来た
永禄十年三月、とうとうあの人がやって来た。
ぶっちゃけ、俺にとっては厄介なだけの人物、足利義昭…今は義秋だ。
目的は元服を行い、官位を受け、織田家の力を借りて上洛を果たす事。
こいつと正親町天皇が唆さなければ、織田家も上洛を目指さなかったかも知れない。
そのお陰で将来、豊臣や徳川の天下統一が成ったのかもしれないが、家族の生き残りと不自由のない生活しか考えていない俺にとっては甚だ迷惑千万に他ならない。
かといって今から反対したり、活躍するのを止めたとしても、追放されたり殺されるだけなので、頑張りますが…
史実では、足利義秋の元服は、永禄十一年四月十五日に、朝倉家にて前関白の二条晴良を招いて行われている。
だが、今世では近衞前久や山科言継を呼んで、織田家で行われる事となった。
殿が義秋の烏帽子親となる事が決まったのだが、殿は無位無官の身である。
さすがに次期将軍の烏帽子親が無位無官では格好がつかないという事で、「官位など要らぬ!」「左馬頭と位階が並ぶ訳にはいかぬ!」と渋る殿を宥め賺して、義秋を従五位下から正五位下に昇位させる事で、何とか従五位下・備後守を受ける事を了承してもらった。
勿論、俺は元服の儀には出席しないぞ。
親父が出るからな。
俺が任されたのは、その後にある飲み会の酒を調達する事…あと、更にその後に、ウチの屋敷で行われる公家連中の飲み会の手配…あまり儀式と関係ない様な気がする。
まあいいや、ウチの酒を京に売り込むチャンスと思っておこう。
ただ、大酒呑みが一人いるので、巻き込まれないように要注意。
足利義秋の元服が終わり、殿と義秋、関白殿下の三人とその近侍達は、殿の屋敷で話をしている。
その他の方々は、ウチの屋敷で酒盛りをしているのだが…
「うむうむ。流石は音に聞こえし尾張の澄み酒。するりと喉の奥へと消えていく」
内蔵頭様、褒めてくれて有り難う…でも、飲み過ぎるな!
用意した酒を全て飲み干す勢いで消費されていくのを見ると、内蔵頭こと山科言継が大酒飲みなのを思い出し、多少の在庫をキープしておいて正解だったと思う。
勝負を挑んでいたお調子者の武藤五郎右衛門は、早々に酔い潰れて脱落している。
大酒飲みに勝てない勝負を挑んで、酒を無駄に消費させた五郎右衛門は罰金物だな。
親父は他の公家連中と共にさっさと避難して、少し離れた所でチビチビと飲んでいる。
今は、酒を注いでいた為に逃げられなかった俺と言継対策に伊勢から呼び寄せた言継の友人である楠木兵部大輔と共に談笑している。
「澄み酒を生み出したのは傳兵衛殿だとか。末の娘が生きておれば嫁がせるものを…惜しいのう」
冗談なのだろうが、酒の為に娘を嫁がせようとするな…
身分が釣り合わないだろうがよ!
釣り合ったとしても公家の娘みたいな面倒な事になりそうな奴なんて御免被るけど。
俺も今年で十六だから、そろそろ決めてくれないと、周りが煩いんだけどなぁ…
森家の家臣の娘とか、織田家の同僚の娘とか、すぐ決まると思ったんだけど、中々決まらないのかな?
まあ、上洛して落ち着いたら、流石に決めてくれるだろう。
元服の後片付けも終わり、これから上洛の為の準備を始めようという時、親父に呼び出される。
「殿がお主の小姓を気に入られてな。是非自分の小姓にと仰せだ」
元服の準備や宴会の支度などに小姓達も動員していたが、その最中どこかで見かけたのだろうな。
さて、俺の小姓は現在二人いるんだが…
俺の家臣である森小三次の弟の源八郎と、柴田家から森家にレンタルされている安孫子右京進の子である竹丸の2人だ。
「源八郎に御座いますか?それとも竹丸に御座いますか?」
「竹丸の方だ」
ですよね~。
竹丸は眉目秀麗の上、仕事も出来るし。
殿の好みにドストライクだったのだろう。
「それは構いませぬ。竹丸にとっても出世の好機。本人も親の右京進も喜びましょう」
でも、竹丸が引き抜かれるとなると、小姓が源八郎1人だけになってしまうな。
また誰か探してこなくちゃな。
近江で調略中の谷野大膳に、ついでに適当な若者も見繕ってもらおうかな。




