179 官位が低すぎる
美濃国岐阜 上野中務少輔清信
左馬頭様の元服の打ち合わせの為に、細川兵部大輔と共に美濃の織田家へと、やって来ている。
「やはり、大樹の烏帽子親が無位無官では、些か体裁が悪い。なんとか尾張守殿に官位を御受けいただく訳には参りませぬか?」
左馬頭様の元服の烏帽子親を織田尾張守殿が行う事となっているのだが、尾張守殿は官位を受けようとはなさらぬ。
官位や権勢を得る為ではなく、あくまで左馬頭様の為、天下静謐の為にという忠勤の志には頭が下がるが、ここは左馬頭様の為にも受けていただきたい。
この場には、儂と兵部大輔の他、京より来られた近衞家の進藤左衛門大夫長治殿と山科家の大澤出雲守綱守殿、織田家からは明院良政殿が居られる。
「尾張守殿には、従五位下に備後守を、と思うておりますが」
そう言う進藤左衛門大夫殿と共に、明院良政殿を見る。
美濃守は土岐美濃守(土岐頼芸)殿がおられるし、尾張守は畠山播磨守(畠山高政)殿が兼任しておられる。
播磨守殿は既に隠居したとは言え、良い顔はすまい。
先代の信秀公が受領した備後守か三河守が無難であろう。
しかし、三河守を外したのは何かあるのであろうか?
「尾張守は従五位下では、左馬頭様と位階が並んでしまう故、御受けする訳にはいかぬ。六位ならば御受けすると」
「いや、流石に六位は低すぎよう。少なくとも従五位下に御座る」
明院殿が尾張守殿の言葉を伝えてくれるが、大澤出雲守殿が拒否する。
「しかし…」
従五位下では位階が並ぶ故、畏れ多いというのも分かるが、どうしたものか。
「ここは左馬頭様の位階を上げて頂くのが一番早いかと思われますが、如何に御座ろう?先代義輝公も元服前に従五位下を賜った後、左馬頭任官と共に正五位下へ昇叙となっておられます。左馬頭様の昇叙と共に備後守へ任官して頂くというのは?」
皆が細川兵部大輔の言葉に、成る程と頷く。
「如何に御座ろうか、左衛門大夫殿。左馬頭様の昇叙は叶いましょうや?」
左衛門大夫殿は、即座に頷く。
「問題御座いませぬ。ただ、些か朝貢が必要となりましょうが、構いませぬか?」
「それで進めて頂いて、問題御座らぬ」
明院殿も直ぐに返し、ほっとする。
流石は織田家、銭は出せぬと渋るかとも思ったが、躊躇せぬ。
「では、備後守をという事で良かろうか?」
「信秀公は三河守も受領しておられたと思うが、そちらは?」
左衛門大夫殿に、先程からの疑問を投げ掛ける。
「三河の徳川殿が是非三河守をと申されまして、当家でもその様に動いております。徳川家にも馳走してもらいます故、三河守を名乗り不和の種を蒔く事も御座いますまい」
成る程、徳川殿が三河守を欲しておられたか。
ならば、備後守だけを挙げたのも得心がいく。
「某も備後守の方が良かろうかと存ずる」
良政殿も同意し、備後守を推す事に決まる。
やれやれ、どうやら問題なく纏まりそうであるな。




