178 とうとう出会ってしまったか
話し合いが終わり一段落すると、明院良政殿が夕餉を用意してくれる。
今回の客人に対してだろう、森家にも酒や椎茸やらの催促があったらしい。
「聞けば、この澄み酒も傳兵衛殿が造られたとか。実に多才であられるな」
摂津掃部頭は酔ったのか、上機嫌に俺を持ち上げてくる。
家格を鼻に掛けた鬱陶しい爺さんだと思ったが、話を聞くと永禄の変で遅くに生まれた嫡男を亡くし、大友家に仕えた甥も行方知れずで、もう自分の代で嫡流は滅びるが、その前に名を残したいのだと切に訴えかけてきた。
まあ、可哀想だと思うが俺に訴えかけられてもな…
「傳兵衛殿」
酔っぱらいから逃げ出すと、そこには見知らぬ男に呼び止められる。
いや、さっき幕臣側で会議に参加してたな。
名前は知らないが…
「貴殿は…」
「失礼致した。某、幕臣の明智十兵衛と申す者。先程の件で傳兵衛殿に大変感心致しました。是非とも一献差し上げたく」
「明智十兵衛!」
ついに来た~!明智光秀!
顔繋ぎに、俺に酒を注ぎに来ただけだろうが、思わず俺の表情が固くなったのが自分でも分かる。
今ここで不意討ち仕掛けて斬り殺してぇ~
とはいえ、今理由もないのに処分する訳にもいかないし(殿の小姓連中は結構気に入らない人物に斬りかかっているイメージはあるけど)、織田家にとって使える人材なのは間違いない。
「ど、どうかなされましたか?」
意味も分からず動揺している明智光秀を見て、気分も落ち着く。
「失礼致しました。十兵衛殿の名をどこかでお聞きしたような気がしましたもので」
「某の名をに御座いますか?」
「左様に御座います。今年の初め、左馬頭様がまだ近江に居られた頃に高島郡の田中城に居られませんでしたか?その様な話を聞いた事があったもので…」
いや、知らんよ?
知らんけど、なんとか誤魔化さないと!
まだ本能寺の変を起こしてもいない…いや、織田家家臣にもなっていない光秀を遠ざけて恨みを買う必要はない。
適度に仲良くしておいて問題はないだろう。
しかし、間違っても血縁を結んで、史実の津田信澄の様に丹羽五郎左殿に殺されない様にしないと…
「某が田中城に居たとよく御存知で…」
流石の光秀さんも、困惑が隠せてないね。
うん、そりゃ戸惑う様な反応が返ってくるよね。
しかし、本当に田中城に居たんだ!
何かそんな話を前世で聞いた事があったから言ってみたけど。
なんとか誤魔化せそうだな。
「おお!やはり十兵衛殿の事に御座いましたか!何でも籠城で御活躍されたとか。左馬頭様や兵部大輔殿もさぞかし心強い事に御座いしょう」
「某など大した事はしておりませぬが…傳兵衛殿は、良い耳を御持ちで」
「いやいや、伊勢にいる某の耳に入る程の見事な活躍に御座いました」
全然聞こえてませんがね!
どうだろう?好感度上がったかな?胡散臭かったかな?
これだけ評価しているんだから、織田家を裏切るんじゃないぞ!
いや、裏切ってもいいけど、ウチの家族に手を出そうとしたら、只ではおかんからな!
弟達が居る時に、本能寺の変を起こしたらどうなるか…
「しかし、傳兵衛殿はその若さで既に大領を任されておられるとか。羨ましい限りですな」
「仕方ありますまい。左馬頭様は今はまだ流浪の身。この上洛がなれば十兵衛殿であれば、直ぐに大領を任される事になりましょう」
ちょっとは足利義秋と明智光秀の仲を裂いておこう。
これで領地を貰えなければ不満を持つ事になる…かもしれない。
織田家の方が評価が高く、義秋に不満を持てば、黒幕足利義昭説は防げるかもしれないし。
まあどうせ、あまり意味はないんだろうけどね。




