177 意見を言えと言われても
細川兵部大輔殿を歓待した後、同じく幕臣の和田伊賀守惟政に甲賀衆の調略を頼んでおく。
和田家は甲賀の、俺が調略を進めている北山地区の南西にある南山地区にある。
既に調略はやっているだろうが、協力して頑張りましょうと確認しておき、甲賀の情勢などの情報交換をしておく。
和田伊賀守は足利義秋の家臣だが、史実で殿に領地没収され、越前攻めの前に復帰してからは、織田家重臣と言っていい地位となるので、仲良くしておいて損はない。
義秋の使いが来てから数日経ったある日、再び兵部大輔殿からの呼び出しを受ける。
何事かと聞くと、義秋の元服についての意見を述べよ、だそうだ。
知らんがな!
正直どうでもいいし、なるべく関わり合いにもなりたくない。
だが断ることも出来ず、仕方無しに会議を開いている村井民部丞(貞勝)殿の屋敷に顔を出すと、そこには細川兵部大輔殿以外にも和田伊賀守等の幕府の人間と、近衞家からの使者である進藤筑後守長治殿、そして織田家から明院良政殿、島田弥右衛門尉秀順殿などの文官が集まっている。
知らない人が幾人かいるので、誰だコイツ感が凄い。
すげ~場違いなんですけど…なんで呼ばれたんや…
「おお、傳兵衛殿!此方に」
細川兵部大輔殿が俺を招く。
「そちらは何方であろうか?」
知らない偉そうな人が俺が誰か聞いてくる。
まあ、そりゃそうだ。
いきなり知らない若造が入って来たら、驚くわな。
恐らく俺を呼んだであろう兵部大輔殿が紹介してくれる。
「掃部頭殿、こちらは織田家家臣森三左衛門殿の嫡男の傳兵衛殿に御座る。傳兵衛殿は、まだ若いながら文化芸術にも明るい。話を聞きたいと思い、お呼び致した」
「成る程…某は中原氏が裔、幕府評定衆、摂津掃部頭に御座る」
なんか此方を馬鹿にしたような喋り方だが…周りには苦虫を噛み潰したような顔をしている者もいるな。
家格を誇りにしているタイプかな?
中原氏は、三代安寧天皇の皇子から続く十市氏が平安末期に中原姓に改めた名門の一つで、その傍流の摂津氏は鎌倉、室町幕府の評定衆を務める家柄だ。
三代天皇からって…嘘やろ…まあ、長く続いているのは確かだが。
「某、八幡太郎義家が孫、森伊豆守頼定が裔、傳兵衛に御座います」
御家自慢には御家自慢で対抗しよう!
こっちは無位無官なので、向こうのプライドが傷つく事も無いだろう。
「おお、左様に御座るか。傳兵衛殿、宜しく御頼み申す」
表情が柔らかくなり、若干フレンドリーになった気がする…これだからお偉いさんは…
「では、早速に御座るが傳兵衛。左馬頭様の元服についての御意見を伺いたい」
?兵部大輔殿が聞いてくるが、意見なんて無いよ?
普通にやればいいんじゃないの?
こういう儀式みたいなのは、オーソドックスなヤツが一番だよ?
「足利家の作法を、きっちりこなす事こそ肝要なのでは?」
俺の言葉に摂津掃部頭は頷く。
「それが無論に御座るが、左馬頭様は決意を示す何かがあればと…傳兵衛殿は何か思い浮かびませぬか?」
対立している足利義栄…今は義勝か…よりも目立つ事がしたいのかな?
え~、何か使える物があったかなぁ…流石に奇抜なのは周りから引かれると思うし、この時代の常識の範疇だよな。
俺が考え込むと、既に意見が出尽くしているのか静かになる。
金品などは、もう意見が出ているだろうから、それ以外の物で…縁起物とか…由来のあるものとか…
あ~何にも思い浮かばんし、もう終わろうよ。
今まで忙しかったから、早く帰ってのんびり刀でも眺めていたい。
新しい刀、欲しいなぁ…そういえば、郡上郡の八幡宮に現代でも残っている刀があったよなぁ。
一度、見てみたいなぁ…
「…祖師野丸…」
「傳兵衛殿、祖師野丸とは?」
俺の呟きを、側にいた民部丞殿が拾う。
「祖師野丸とは、郡上郡の祖師野八幡宮に奉納されている太刀に御座る。平治の乱の後、右大将軍(源頼朝)の長兄、悪源太義平が祖師野へ差し掛かった折に狒々を退治し、太刀を民に寄進致したとか。その民等は悪源太に感謝し、その太刀を源氏の再興と武運長久を願い八幡宮に納め、今も祀られているそうに御座る」
「成る程、源氏再興の願いを込められた祖師野丸に、左馬頭様が幕府再興を願うという事に御座いますな」
そうそう、兵部大輔殿は直ぐに理解したな。
「それは左馬頭様も喜ばれよう」
掃部頭も嬉しそうに同意をする。
「遠藤六郎左衛門殿に御任せすれば宜しいでしょう」
良政殿や民部丞殿に向かい、六郎左衛門殿に丸投げすると宣言しておく。
「いや、傳兵衛殿は歌も博識に御座いますな。その様な事を存じておられるとは…」
弥右衛門尉殿の言葉に皆が頻りに感心する。
あれ?もしかして俺、ただ呼ばれただけで別に期待されてなかったのかな?
ひょっとして要らん事してしもた?




