175 甲賀見性庵での会談
鈴鹿山脈を越えて、やって来ました近江国甲賀郡鮎河村。
ここは甲賀の国人衆の一つ、黒川氏の治める土地だ。
その鮎河村の臨済宗の寺である見性庵に、この辺りを治める甲賀衆と会談をする為にやって来た。
参加者は、織田側が俺、関安芸守、小岐須常陸守、千種三郎左衛門の鈴鹿峠近辺の武将達。
甲賀側は、既に調略済みの佐治美作守為次、岩室大学介貞俊、黒川玄蕃佐等に、これから調略をかける甲賀側が、頓宮因幡守守孝、土山左近太夫盛綱や山中橘内長俊達。
誰を呼ぶかは安芸守に任せてあるので、誰がいないかなどは分からない。
鈴鹿山脈の近江側と伊勢側の勢力で、喧喧囂囂やり合っている。
俺は、それに口を挟まず、眺めている。
余所者の俺が口を出しても反発されるだろうし。
「我等は右兵衛入道の頃より六角家に合力して参った。それと知っての言葉に御座ろうか」
臣従を求める言葉に、橘内が抵抗を示す。
まあ、この人達は1574年に石部城が攻め落とされるまで六角家に従っていたからな。
「左様。最早、六角に織田を止めるだけの力は御座らぬ。それに右衛門督の、某の兄、但馬守への仕打ち、忘れた訳では御座らぬな?」
観音寺騒動で兄と甥を義治に殺された千種三郎左衛門が、一堂をギロッと睨み付ける。
これには橘内も黙り込む。
いいぞ~、観音寺騒動を穿り返す為に呼んだんだから、その調子でな!
「左様。既に六角家に見切りを付け、織田や浅井に鞍替えする者も多い。嘗ての六角家を取り戻すことは叶うまい」
既に臣従を決めている黒川玄蕃佐も同意を示す。
「しかし衰えたとは云えども、果たして織田が三好の力を借りた六角に勝てるものであろうか?」
土山左近大夫が、三好の力を借りれば何とかなるのではと疑問を呈する。
「残念ながら、三好は頼りになりますまい」
関安芸守が、俺の方を見ながら否定する。
これは俺に説明せよという事かな?
「今の三好家に六角家を支援する程の余裕は御座らぬ。三好家の当主である左京大夫と重臣の間に不和が見られます。京を守れるかも怪しく、六角家を助ける余力は御座らぬでしょう」
まあ、ちょっとオーバー目に言っておこう。
実際、観音寺城攻めの時には援軍に来てないし。
来る前に終わっただけかもしれないが。
三好が頼りにならぬと聞いては、流石にまずいと思ったのだろうか、皆が沈黙する。
「今の六角家では、到底織田に勝つことは叶いますまい」
「我等が織田に及ばぬと申されるか!」
俺の言葉に頓宮因幡守が怒りの声を上げる。
周りの者も俺を睨んでいるので、弁明しておく。
「及ぶ及ばぬの話に御座らぬ。例え甲賀の兵が織田の兵に勝ろうとも覆せぬという事に御座る」
皆の視線が少し柔らかくなったので、話を続ける。
「六角家は野良田の戦にて敗れ、力の衰えを露呈致し申した。次いで但馬守を斬り、皆の信を失い、三好と手を組み、左馬頭様の上洛を妨げた事で大義を失い申した。既に近江の者達は六角家を見限り、誰が織田、浅井に付いてもおかしくない状況。六角家の没落は避けられませぬ。後は、何れ程被害を抑えることが出来るかと、近江の者の誰が左馬頭様の覚えが良くなるかという話だけに御座る」
「左様か…」
橘内が無念そうに呟く。
ちょっと可哀想だが、別に甲賀衆のせいではない。
「嘸や無念に御座ろうが、それは織田にとっても同じ事に御座る。但馬守を斬らねば、六角家が割れる事もなく、織田は浅井ではなく六角家と結んだ事でありましょう。三好と結ばねば織田と六角家は共に左馬頭様を支え、上洛を果たした事でしょう。そうなれば、このような暗い話をせずとも、京にて笑いながら酒を酌み交わせたかと思うと…残念に御座る」
そう、お前らは悪くないよ、悪いのは六角義治だよ。




