174 甲賀への調略要請
「今、六角家は先年の右衛門督(六角義治)の暴挙により割れております。蒲生家、三雲家などが主体となり纏めようとしておりますが、今ならばまだ進藤家、後藤家を始め、調略する事が叶いましょう」
漸く皆が話を聞く姿勢となったので、弥八郎が状況を説明してくれる。
「主だった者は殿や浅井家が調略を掛けましょう。我らは山向こうの甲賀郡に狙いを絞ろうかと」
弥八郎の言葉を引き継ぎ、やっと本題に入る。
「甲賀に御座るか。確かに黒川家や大河原家とは多少の付き合いは御座るが…」
関安芸守の言葉は歯切れが悪い。
「三雲家や山中家も六角家を裏切るまい」
神戸蔵人大夫の言も芳しくない。
甲賀郡の国人衆は、観音寺城が落城した後、六角家を匿っているし、後に反乱も起こしているので、やはり調略は難しいのだろう。
しかし、いち早く織田家についた佐治家などもあるし、重臣の進藤家、後藤家、平井家などは離反したままだ。
そこから切り崩してもらえないだろうか。
最悪、皆に調略を掛けているのをリーク、疑心暗鬼に陥らせたり、締め付けを強くさせて不満を煽ったり出来ればいいや。
「せめて、大河原家と黒川家、それに山中家をどうにか出来ませぬか?」
俺達の領地の反対側、鈴鹿山脈の近江側を押さえているのが山中家や大河原家や黒川家だ。
安全に峠を越えるためにも、寝返らせておきたい。
「山中家は六角家との繋がりも強い。流石に寝返らぬのではないかな?」
「だが、山中家とは血縁もありましょう。話の場を設けるだけでも何とかなりませぬか?」
安芸守は少し考えながら、
「分かり申した。何とか山中家との場を設けましょう」
と、承諾する。
六角家は意外としぶといので、出来ればこの一戦で討ち取っておかないと、後々面倒な事になる。
その為にも甲賀郡は先に此方で押さえておきたい。
甲賀郡へ逃れてきた所を捕らえるのがベストだが、それは高望みが過ぎるかな。
でも、少なくとも近江からは、叩き出しておきたいところではあるが…
「殿は三七様に…」
「いや、三七様を疎んじている訳ではないぞ。殆ど御会いしたこともないしな」
安芸守等との会話で三七様を疎んじる様な話をしていたので、安芸守等が帰った後、内蔵助が言い辛そうに聞いてくるが、否定しておく。
本当に三七様を嫌ったりしている訳ではない。
「安芸守との話で、そう思ったのであろうが、あれは三七様への反意を抑える為に言ったまで。まあ、実際に効果があるかまでは自信がないがな」
「誠に御座いますな?」
弥八郎も再度確認してくるが、本当にそんなものはない。
「誠だ。殆ど会った事もない三七様に反意も何も抱こうはずもあるまい?」
二人を安心させる為に、弁明しておく。
「ただ周りの者には少し思うところはあるがな」
また不安にさせてしまう様な事を言うが、それらしい事を言っておいた方が、誤解されないだろう。
「三七様と茶筅様の仲は宜しくない。同じ時期に生まれたのに庶子として扱われる三七様の思いは分かるが、もう少し何とかならぬかとは正直思うておる。だが、その思いを糧とし、織田家の為に尽くされるならば何も問題はない」
俺の話に二人も頷く。
ここまでは納得出来たかな?
「だが、周りの者は御二方の対立を煽っておる節がある。三七様を諌め、御二方の間を取り持つのも役目だと思うのだがな…」
正直、足を引っ張られさえしなければ、構わないけどね。
ウチの家で兄弟の不和を煽る奴がいたら叩き斬るけど。
「では、殿は茶筅様を担がれると?」
内蔵助が見当外れな事を言っているが、どうしてそうなるのか…
「何を言っておる。奇妙様がおられるのに、どうして下の者を担がねばならぬのだ。殿…尾張守様が嫡子は奇妙様と仰せなのだ。そのまま尾張守様の仰せの通りにしておれば良い」
俺は殿の言う通りにするだけで、二人の争いなど知った事ではないのだと、分かってもらえればいい。
「「畏まりました」」
二人は、まだ何か言いたそうな顔をしているが、本心だから。
こんな話が三七様の耳に入っては不味いんだよな。
「まあ、神戸家に知られて険悪になる必要もない。この話が外に洩れぬ様にな」
これには二人も素直に頷いてくれた。




