172 帰って来た勝三郎
「殿、勝三郎殿が戻って参られました」
伊勢に行く前に小姓の源八郎に乳母子の勝三郎が帰って来たと報告を受ける。
無事に帰って来た事にホッと胸を撫で下ろす。
駿府へ向かってから一年も何処をほっつき歩いていたのか…
「申し訳御座いませぬ。只今戻りました」
「漸く戻ったか。今まで何をしておった?」
勝三郎の謝罪なんか要らないが、何をしていたかは気になる。
「はっ。皆と別れた後、曽根内匠助殿を追って駿府へと向かいました。途中、幼い子を連れ駿府へと向かう者と知り合い、同道致しました」
話の流れ的に、その幼子が一年間ほっつき歩いていた原因かな?
「その者は武田太郎殿の家老で先頃自刃された飫富兵部殿の御令孫で、新兵衛と申す者。幼子は兵部殿の御子息で新兵衛殿の叔父に当たる坊麻呂殿に御座いました。駿府へ逃れた後、京の三条家へ坊麻呂殿を送り届けるつもりだと…」
飫富兵部…飫富虎昌の事だな。
反乱を企てて自害したとか、武田義信の罪を被って自害したとか、勢力が大きくなりすぎて信玄に粛清されたとか色々な説があるけど。
へ~、孫がいたのか…
「幸い丁度、駿河へ下向しておられた三条黄門様に御頼みする事が叶いまして、京へ向かわずに済みましたが」
三条黄門?…三条家の中納言…う~ん、今の時代なら、正親町三条実福が権中納言だったかな?
確かに正親町三条実福は、1565年に駿河へ下向し、翌年に帰京していたよな。
偶然だが、ナイスタイミングだったな。
実福の弟の実教が、男子のなかった三条家の本家(転法輪三条家)に養子に入っている。
よって実教は信玄の正妻である三条の方の義弟となる。
その縁あっての頼み事なのだろう。
もっとも実教は十数年前に亡くなっていて、今は三条家は断絶しているが…
「ほう。では、三条家の方々と誼を通じて来たのだろうな?」
「…申し訳御座いませぬ」
「まあ、仕方あるまい」
申し訳なさそうな顔を見て、笑いを堪えながら許す。
まあ、正親町三条実福は来年、理由は知らないが正親町天皇から蟄居を命じられ、再来年には亡くなるから縁が結べなくても構わないか。
「で、首尾はどうであった?」
「はっ、曽根内匠助殿と飫富新兵衛殿をお連れしました」
おお!やってくれたな勝三郎!
これで一年間ほっつき歩いていたのはチャラにしてやろう。
「美濃へ戻る前に、遠江にいる尾藤甚右衛門の従弟の次郎三郎の所へ寄り、話を致しましたが、残念ながら召し抱えるまでには至りませんでした。何かあれば森家を訪ねよとは申しておきましたが…」
甚右衛門の叔父の主膳と従弟の次郎三郎が遠江国引佐郡にいると言っていた。
「うむ、ご苦労であったな、勝三郎。伊勢に領地が増えた今、内匠助殿を始め有能な者達を召し抱えられた事は大きい。勝三郎には久々利の城代を任せる故、一帯に窯を造らせ、良い陶器を作れるよう取り計らってくれ」
「久々利の城代に御座いますか?」
「まだ上洛後に領地がどうなるか分からぬ故、それまでの城代を頼む」
「承知致しました」
勝三郎なら、後でどうとでもなるから大丈夫だろう。
勝三郎が戻ってきたので気分的にも少し余裕が出てきたので、伊勢に向かう前に親父のいる金山城に寄って、弟達の様子を見ていくか。
今年も新しい弟が増えたからな。
期待の新人、於坊さん。
なんでも頭が良く、殿の伝言や家臣の言葉を間違える事無く正確に伝える事が出来たらしい。
まあ、物語の森蘭丸の弟という補正が入っているから、全く信用できないが。
でも、そのエピソード通りに育ってくれたら有能な人材になれるので頑張って欲しい。
期待しているぞ!
これで森家の若者は、弟が3人(勝、乱、坊)、妹が7人(菊、藤、松、麦、梅、稲、武)、叔父さん1人(九一郎)。
最後にもう一つ、母はまた妊娠しているようだ。




