160 一服出来ない
諸将が関氏との決戦で忙しい中、殿より後方待機と赤堀、楠木両家の監視を命じられたので、楠城で赤堀近江守、楠木兵部大輔の三人で茶を飲んでいる。
すると、
「傳兵衛様、元佐倉城城主の嫡男の小林八郎左衛門と名乗る者が、矢田監物殿の紹介で兵部大輔殿を訪ねて参っております。如何なされますか?」
と、仙石新八郎が知らせに来る。
矢田監物は先頃、近江守殿の調略で織田家に降った国人だったな。
「寡聞にして存ぜぬが、御二方は八郎左衛門なる者を御存じか?」
全然聞いたこともない人物なので近江守殿、兵部大輔殿に尋ねる。
「二十数年前でしょうか、北西の佐倉城に小林豊前守重則という者がおりましたが、峯氏に滅ぼされております。その豊前守の子ではありませぬか?」
近江守殿が、佐倉城の小林家の事を説明してくれる。
どうやら小林家は、三重郡の西部にある佐倉村に主城である佐倉城、その南にある智積村に出城である一生吹山城を持つ国人らしい。
なんだろう?城を取り戻してくれとでも言いたいのだろうか?
「でしょうな。此度の戦で峯氏が佐倉城より退いたのではないですかな?」
兵部大輔殿は、今回の戦で自領を守る為に佐倉城を放棄したのではないかと考察をする。
成る程、有り得るかな。
しかし、何で態々矢田監物を挟んでまでこっちに来たんだろう?近くの千種家に頼んだらいいのにと思っていると、近江守が説明してくれる。
何でも、昔は千種家の下についていたのだが、峯氏に攻められた時には千種家も六角家と戦っており援軍が送られなかったそうだ。
その結果、小林家は滅亡し、千種家は負けはしなかったが六角家家臣である後藤家から養子を取り、その後、当主はその養子の三郎左衛門に追放されている。
成程、今の千種家の当主である三郎左衛門には、頼みたくなかったのかもな。
「良かろう、会おう。連れて参れ」
しかし、二十数年前に峯氏に攻め滅ぼされた城主の…子供が生き延びていたとはな。
使えるのか、面倒臭いのか、どっちだろうな。
暫く待つと二十代半ばくらいの男がやってくる。
「其方が八郎左衛門殿か。して、此度は如何された」
まあ、理由は奪われた城を取り戻したいとか、奪い返したので庇護が欲しいとかだろうが。
「はっ、某は小林八郎左衛門と申しまする。先頃、峯盛定に奪われた当家の佐倉城を奪い返したく思いまする。是非とも織田家に御助力を頼みに、赤堀、楠木両家の御力添えを頂きたく罷り越した次第に御座いまする」
まあ、でしょうな。
まだ城を奪い返してはいなかったか。
もう、自分で兵を集める事も難しいのだろうな。
二十年以上経っているし。
「佐倉城は当家でも容易く落とせる城。たとえ其方が元城主であろうと、織田家が助力する必要を感じぬが」
別にそんな城なんか後で落とせるし、織田家の土地に出来るのに、態々国人衆に任せる必要性も感じないけど。
あの辺りの盟主である千種家は織田に臣従済み。
国人衆も織田に降るか、攻め滅ぼされるかの二択しかないので、八郎左衛門を頼る必要など全くない。
まあ、いちいち小勢力相手に出張らなくても良いというメリットもあるけど。
「無論、その通りに御座いましょう。しかし、当家は代々智積御厨の下司を務めて参りました。智積村に荘園を持つ松木家とは昵懇の間柄。某に松木家との繋ぎと、周辺の国人衆を臣従させるお役目を頂きたい。その功を持ってどうか佐倉城をお返し頂けますようお頼み申し上げます」
え~、公家がおるんかい…面倒臭そうだな。
松木家って確か羽林家だったよな…殿に丸投げしておくか。
「良かろう、尾張守様に話を通しておく」
「有難う御座いまする!」
八郎左衛門が頭を下げて感謝するが、まだ殿が何と言うか分からないよ?
「傳兵衛…お主は大人しくしておれと言うたであろう」
殿に話を持っていくと、開口一番文句を言われた。
不本意だ。
俺は三人でお茶を飲んで、のんびりしていただけなのに…
「良かろう。だが、旧領そのままとはいかぬ。返すのは佐倉城のみとし、所領も佐倉村の半分とする。よいな?」
「有難う御座いまする!城を落とし返して頂けるだけで充分に御座います!此れより織田家の為に尽力致しまする!」
頭を地に擦り付けるように礼を述べる八郎左衛門。
不満をぶちまけるかと思ったが、まあ感謝してくれるなら構わないか…本人もあっさり返すとは思ってなかったのかもしれないな。
よし、これでお仕事終了だな。
また、楠城でお茶でも飲んでいよう。
「久六、兵を率いて佐倉城を奪って参れ」
備えとして温存してあった佐久間久六殿の兵が向かうようだな。
「はっ、お任せ下され」
「傳兵衛を付ける。じっとしてはおれぬ様だからな。精々扱き使ってやるがよい」
うん?




