158 イガイガはまだ裏切らない
松田一忠視点です。
美濃国本巣郡北方城 安藤家家臣 松田平助一忠
「来たか平助」
「はっ」
呼び出され、殿の元へとやって来るが、そこには殿である安藤伊賀守様、嫡男で在らせられる平左衛門様、御舎弟の太郎左衛門様、義父である松田雁助の他に、森家に仕えておられる山内次郎右衛門殿と、もう一方居られる。
「山内次郎右衛門殿は見知っておるな。こちらは森家の本多弥八郎殿だ」
「御初に御目に掛る、森傳兵衛が家臣、本多弥八郎に御座る」
「松田雁助が子、平助に御座る」
しかし、何の話だ?森家の方々までおられるとは…
「平助、御主には、伊勢に居られる殿の元へ使いを頼みたい」
「大殿への使いに御座いますか?」
伊勢の大殿の元へ行けという殿の言葉に、何かあったのだろうかと不安になる。
「神戸家の山路弾正より書状が参った」
神戸家と言えば、今まさに織田家と戦っている敵ではないか!
「して、内容は?」
敵からの書状が来るとは、まさか…
「知らぬ。中を確かめてはおらぬのでな」
「なんと…」
「弥八郎殿が、そのまま殿に渡した方が覚えが良くなると言われるのでな」
殿は弥八郎殿の方へ顔を向け、そう答えられる。
「全ては傳兵衛様の御指示に従っておるだけに御座います」
「相手の動きすら手の内とは、全く傳兵衛殿の智謀には恐れ入る。婿の半兵衛が稲葉山城を落とすと言った時も驚いたが、傳兵衛殿にも驚かされるばかりだ」
確かに半兵衛殿の知略には驚かされたが、傳兵衛様の知略も抜きん出たものだな。
しかし…
「稲葉家や氏家家へも書状が、参っておりましょうが、そちらにも?」
他家にも使いを出しておられるのであろうか?
疑問に思った事を弥八郎殿にぶつけてみる。
「いえ、伊賀守様のところだけに御座います。というのも、当家は昨年、伊予守様に近しい方々を配下に加えております故、遺恨という程ではないにしろ、あまり快く思われてはおりませぬ。対して伊賀守様とは良い関係を築けております。ならばこのような話は、まずは伊賀守様にお話するのが一番と考えまする」
成る程、森家は西美濃では当家を重視するという事か…
殿もその言葉を聞いて、大層嬉しそうに満面の笑みを浮かべている。
「という事だ平助。お主には、次郎右衛門殿と共に伊勢に居られる殿の元へ、封を切られておらぬままの書状を届けてもらう」
「はっ、承知致しました」
「では出立の用意が整い次第、御声掛け下され」
そう言って、次郎右衛門殿と弥八郎殿は退出される。
「では、舟を用意しております故、そちらまで御一緒させて頂く」
弥八郎殿とは舟場までで、美濃へ残られるようだ。
次郎右衛門殿は一足先に船着き場へ向かわれた。
弥八郎殿は、某の案内に残られたようだ。
「宜しくお願い致す」
「しかし、平助殿とは一度お会いしてみたく思うておりました」
「弥八郎殿は、某の事を御存じなので?」
弥八郎殿は、この辺りの出でもない。
なのに何故、安藤家の家老の養子でしかない某の事を知っているのか?
「無論に御座る。昨年末、主である傳兵衛に大殿が、誰ぞ与力に欲しい者がおるかとお訊ねになられた折、最初に挙がった方々の中に平助殿の名もあったので御座る。主が他家の陪臣でありながら名を挙げた御二方は、余程の者であろうと興味が御座った」
「なんと…陪臣である某を引き抜こうとなさられたのか?」
「無論、引き抜けるなどとは思うておられなんだでしょう。ですが、万が一にも主家が手放そうとするならば、多少の遺恨には目をつぶってでも引き抜いた事でしょうな。それだけ主に求められるとは、羨ましい限りに御座る」
「それはなんとも…」
他家の陪臣の引き抜きはどうかと思うが、過分な評価を頂き有難いという思いもある。
「因みに御二方共に与力につけて頂けなかったどころか、最初に挙げた方で与力に頂けたのは御一人だけだったとか」
クスクスと笑いながら弥八郎は内情を教えてくれる。
「某の興味本位でお聞きするが、その方とは何方であろうか?」
「最初に名を挙げられたのは、苅安賀浅井家の木全又左衛門殿に御座る」
成る程、名は覚えておくとするか。
次郎右衛門殿と合流し、舟に乗る。
「桑名に馬を手配しております」
「弥八郎殿、何から何まで忝ない」
「当家にも利のある事にて無用に御座る。無事、任を果たされますよう」
弥八郎殿と別れを告げ、先ずは桑名を目指す。
そこから馬を駆り、高岡城を攻略中の大殿の元へと向かう。




