157 山路弾正の策略
「中々、落ちませぬな」
前田五郎兵衛殿と高岡城を見つめながら話をする。
やっぱり高岡城は、中々落ちない。
「そう簡単には落ちぬでしょうなぁ…城主の山路弾正も、中々に優秀なようで」
流石は山路弾正。
史実でも織田軍を追い返している名将だ。
「傳兵衛殿は、随分と弾正を買っておられるようで」
実は山路さんと森家は、少しだけ縁がある。
弾正の弟の一勝は、福島正則の家老となるのだが、福島家が改易された後、息子の勝行が森家へ仕官している。
まあ、今は関係ないが…
「まあ、これだけの兵力差で城を確りと支えているのです。充分に評価出来るところでしょう」
成る程と頷く五郎兵衛殿。
でも本当は、史実で二度も織田軍をはね除けたのを知っているからだけどな。
実際、城攻めの方は、徐々に押している感じはするのだが、まだまだ粘られそうだ。
後藤氏の釆女城も固いが、此方は何とかなりそうだと、長門守殿が言っていたので、弾正は本当に優秀なのだろう。
然う斯うする内に、権六殿が須賀城を落としたとの知らせがあった。
須賀城は神戸城と目と鼻の先にある城だ。
もう、神戸城は落ちたも同然だろう。
その知らせを受けた直後、稲生家が臣従を申し出、神戸家の攻略に荷担し出した。
流石に臣従の時期を見誤りはしなかったか。
権六殿と稲生家で神戸城を攻め落とせれば、高岡城も釆女城も降伏するだろう。
史実よりも有利な条件で片が付く可能性も無きにしも非ず。
と思っていたが、茂助が殿の命令を伝えにやって来た。
「傳兵衛様、大殿より至急、評定を開くと」
これは、とうとう山路弾正がアレを仕掛けて来たのかな?
「次郎右衛門や弥八郎等からの火急の知らせは来ておらぬな?」
「はっ」
美濃で美濃三人衆を見張らせている奴等からの知らせは無いか。
まだ三人衆に変化はないし、武田も来ないと…
実は既に反乱を起こしていて、その知らせが来るのに時間がかかっているのかもしれないが、史実でも動いたという話は聞かないので大丈夫だろう。
「高岡城よりの密使を捕らえた。稲葉、安藤、氏家等に岐阜城を落とすよう唆す内容が書かれた密書を持っておった」
殿の話に評定に出ている諸将がざわつく。
「今、我等が伊勢にて足止めを食ろうておる間に、武田と共に美濃を落とせと」
さらに続いた言葉に一同騒然となる。
「殿!このままでは岐阜城を落とされてしまいまする!一刻も早く戻らねば!」
「急ぎ美濃へ戻りませぬと!」
「すぐに陣払いの支度を!」
加藤弥三郎殿が軍を返そうと発言すると、皆が追従しだす。
いや、帰られたら困るん…ん?別に困りはしないか…
「お待ち下さい!某、西美濃を見張らせておりますがその様な話は御座いませぬ!山路弾正めによる偽報に御座います!」
が、せっかく山路弾正の策に対抗する為に色々やった事が無駄になると思ってしまい、待ったをかけた。
再び皆がざわつき始める。
「傳兵衛殿は、伊予守殿等の寝返りを警戒しておられたと?」
馬廻の林新次郎殿が、訝しげに尋ねてくる。
俺と同じく当主である林佐渡守の名代として参加しているのだが、俺と違って当主が前線に出てくる事はないので、実質当主のようなものだが。
「いや、そうでは御座らぬ。伊予守殿や常陸介殿が寝返るとは考えておりませぬ。ただ、追い詰められた敵が、臣従したばかりの伊予守殿等に調略をかける、若しくは、寝返ったと思わせようとする事はあるかと」
「ほう」
新次郎殿、お分かりいただけただろうか?
新次郎殿には、林家を継いで盛り立ててもらわないと。
仲良くやっていこうゼ!
「しかし、傳兵衛殿の目を掻い潜り、寝返りを画策しておるやもしれぬ!やはり美濃へ戻るべきであろう!」
「左様!傳兵衛殿の言葉を鵜呑みにする事など出来ぬ!」
弥三郎殿が反論してくる。
まあ、その通りなんだが…なんか私怨が入ってないかい?
山口飛騨守殿も弥三郎殿に同意して、俺への当たりがキツいなぁ。
二人に何かした覚えはないんだが?
「傳兵衛、伊賀守の名を挙げぬのは態とか?」
それまで黙っていた殿が俺に問う。
先程、美濃三人衆が裏切らないと言って、稲葉伊予守殿と氏家常陸介殿の名を挙げたのにイガイガの名を挙げなかった事だな。
「御三方の内、まず調略するならば伊賀守殿かと思いまする。伊賀守殿は一色家より稲葉山城を奪った実績が御座います故」
イメージ的にも裏切るならイガイガが最初でしょ。
まあ、稲葉一鉄の性格が悪くて嵌められたという説はあったが。
「続けよ」
殿が先を促してくるので、話を続ける。
「某の家臣、山内次郎右衛門の姉が伊賀守殿の弟に嫁いでおりますれば、その縁を使い周囲を探らせております。もし何かあれば、直ぐに知らせを送るよう申し付けておりまする」
「まだ知らせが来ぬとはいえ、こちらへ向かう途上やもしれませぬ。いや、それ以前に離反に気付いておらぬやも知れませぬぞ!」
弥三郎殿が、俺と殿との会話に割り込んでくる。
要らんこと言うなよ~。
でも、言ってることはその通りなのだが…
「無論、その通りに御座いますが、複数の筋より探っておりますれば、まず間違いは御座らぬかと。万が一の場合に備えて西美濃衆への備えも行っております故、知らせが届いてからでも充分に間に合いまする」
三人衆が裏切った場合の対策は、一応してある。
時間稼ぎくらいは出来ると思う。
三人衆に知られれば、俺への印象が悪くなるだろうが、稲葉伊予守からの印象は、斎藤内蔵助らを家臣にしたりしたから、元々良くはないだろうし。
イガイガだけフォローしておけば何とかなるんじゃないかな?
常陸介殿は…分からん…
「武田は如何するのだ!」
しつこいな弥三郎!もう敬称はつけてやらん!(心の中では)
「武田は盟約を結んだばかりで攻めては来ぬとは思いまするが、万が一攻め寄せてきた場合には、父、三左衛門を、御信じ下され。殿が戻られるまでの刻、稼いで見せましょう」
「何をあやふやな事を!お主まさか神戸氏と通じておるのではあるまいな!」
なんて事を言いよるねん!お前もう敵認定だからな!
諸々の怒りを込めて、弥三郎を睨み付ける。
「控えよ弥三郎、言葉が過ぎるぞ」
「ここまでの活躍を見れば、傳兵衛殿が裏切る訳が無かろう」
「いい加減にせぬか、殿の御前であるぞ」
下方左近殿や長谷川橋介殿や岡田助右衛門殿等が擁護してくれる。
そうだそうだ!もっと言ったれ!
「しかし!」
「控えよ、弥三郎」
弥三郎が、尚言い募ろうとするところを、流石に殿が止められた。
「よかろう、傳兵衛。このまま神戸家を叩く!」
「「「はっ!」」」
殿が決められたら、皆はそれに従うのみだ!
「傳兵衛、お主は側に控えておれ」
「はっ!」
おお!遂に俺も殿の側近に!…な、訳がないな。
これは、人質だな…なんかあったら俺の首を刎ねるつもりやん…
「殿」
これから始まる人質生活に憂鬱になっていると、いつの間にかやって来た小姓の堀菊千代が殿に耳打ちし、文を差し出している。
殿が文を一読すると、「連れてこい」と、菊千代に命じられる。
それを受け、菊千代は静かに頭を下げて出ていった。




