156 伊勢遠征軍本隊合流
そして、とうとう殿の軍勢がやって来たので、柴田権六殿、滝川彦右衛門殿、岩室長門守殿の3人と戦況報告をした後、浜田近江守、与右衛門の親子と共に俵藤太の太刀と兜を、楠木兵部大輔と共に千子正重作の太刀数本をそれぞれ献上しに向かう。
最悪、赤堀の家督を与右衛門に継がせる手筈は整えてある。
近江守も御家を守る為となれば、非常に協力的でヤル気を見せてくれる。
「赤堀家家伝の俵藤太の太刀『蜈蚣切』と兜に御座います」
殿は、太刀を眺めながら先を促す。
「赤堀牧月斎殿に赤堀の家を頼むと太刀を託されまして御座います。降伏後、敵方より攻められし折も、再び寝返る事なく織田家の為に尽くしております。何卒、浜田近江守殿とその嫡子与右衛門殿をお取り立て下さいますよう、お願い致しまする」
爺さんの望み通りに、赤堀浜田家の安泰を願い出る。
これで義理は果たしたので、この後、どう判断が下ろうが知った事ではない。
ここまでの流れは事前に、殿の小姓である堀菊千代に根回ししてあるので、既に結果は決まっているのだろうが。
「よかろう。浜田近江守に安堵を許す」
殿の言葉に三人ともホッと胸を撫で下ろす。
「有難う御座いまする。この近江守、必ずや殿のご恩に報いて見せまする」
「有難う御座いまする。これで牧月斎殿との約束を果たせまする」
近江守、与右衛門と三人で頭を下げ感謝する。
まあ、良かった良かった。
祟りとかは信じていないが、約束を果たせるなら、その方が良いに決まっている。
俺が牧月斎の爺さんから貰った太刀と浜田家の『蜈蚣切』の事を混同されている様な気もしたが、気のせいだろう。
爺さん、赤堀家家伝の太刀は俺が大切に使ってやるから安心しろよ…
さて、続いては…
「楠木兵部大輔に御座いまする。これより織田家への忠勤に励みまする」
「楠木家家伝、千子正重の太刀をお納め致しまする。何卒御願い致しまする」
楠木兵部大輔殿と一緒に頭を下げる。
今日は頭を下げっぱなしだな。
「ふむ、兵部大輔よ。お主の嫡男は織田家に臣従しておらぬ様だが、その事は如何する?」
やっぱり突っ込まれたか…
「はっ、直ぐにも織田家に降る様、命じまする。もし断る様ならば当主を廃し、孫の夫を養子と致しまする」
兵部大輔殿の言葉に、殿は暫しお考えになられる。
ドキドキ…
「良かろう。ただし、此度の戦を終えるまでに呼び戻せ。出来ねば、その者を養子とし跡を継がせよ」
「はっ!」
最悪は回避出来たけど、七郎左衛門殿が戻って来る可能性は低いんじゃないのかな。
まあ、代わりがいるなら大丈夫か。
「傳兵衛、それまでお主が両家の面倒を見よ」
「はっ、承知致しました」
押し付けられた…
さて、こちらの戦況報告も終わり、諸将も揃ったので軍評定が始まる。
結果、釆女城を滝川彦右衛門殿、岩室長門守殿が担当し、高岡城を殿自ら軍勢を率いて攻める。
その間に権六殿が新たに与力を付けられて、神戸城目指して進軍する事となった。
権六殿と一緒にやって来てた佐久間久六殿は、備えとして本陣に控えている。
俺は、借りていた軍勢を長門守殿に返して、殿と共に高岡城攻めだ!…なんで?
まあ、これ以上の戦功は要らんという事だろうが。
十分戦功も上げたし、太刀も貰ったので、戦わなくてもいいなら、家臣たちはともかく俺は全く問題ないが…
高岡城には、名将・山路弾正がいるから、討ち死にしないように気を付けないとな。
「傳兵衛様、勘解由左衛門殿は、釆女城若しくは高岡城を落とせたならば、織田家に臣従してもよいと」
稲生家の調略を頼んでいた、水野家の家臣である亀崎城城主、稲生七郎左衛門尉重勝の次男、七郎左衛門重隆が、そう報告する。
「まあ、それでよかろう。こちらが城を抜けずに孤立させては申し訳ない。神戸家より寝返ったは良いが、織田の援軍が来ぬで、長野工藤家に降られても厄介だ」
楠城の更に南、神戸家と長野工藤家の間に北勢四十八家の最南端にいる稲生家がある。
一応、神戸家に臣従しているが。
現当主の勘解由左衛門尉重綱の父である先代の肥前守重尚と、この七郎左衛門重隆とは従兄弟になる。
庶子であった七郎左衛門の父が渥美へやって来て、水野家に仕官したのだ。
「では、このまま話を進めまする」
「うむ。だが、権六殿が神戸城を目指し進軍しておる。そうなれば降ったとしても大した手柄にはならぬがとお伝え頂こうか。後は、横槍を入れられぬよう、長野工藤家の動向に注視せよと」
大勢が定まってからでは、大して優遇など出来ないぞと念は押しておかないとな。
あとは、勘解由左衛門が考えればいい。
「はっ」
七郎左衛門には引き続き稲生家の調略を任せ、俺は殿の下で高岡城を攻める準備をする。
といっても、俺のやる事は無いが…




