153 七郎左衛門解放
さて、前田慶次郎が楠城の楠木兵部大輔正忠に、楠城の開城を条件に、捕らえている七郎左衛門正具の返還交渉を行っていたのだが、無事に話を纏め戻ってきた。
その正具は、赤堀城にて軟禁中だ。
開城されたのを確認後、解放する事になっている。
そして今、七郎左衛門殿は慶次郎と俺の三人で飲んでいる。
解放する事に決まったからには、仲良くなっておいた方が良いし、出来るなら恩を売っておいて敵対し辛くしてなっておきたい。
そこで三人で送別会を開いているのだが、既に齢五十を過ぎている七郎左衛門殿に経験談や兵法の話を聞き、特にゲリラ戦の話で盛り上がり、お開きになる頃には大分仲良くなったと思う。
「やはり織田家に降る訳には参りませぬか?御父上は織田家へ降られる様だが」
正具の父親の正忠は、降伏する事になった。
かなり高齢なので逃げるのは難しいし、家を残す為の判断なのだろう。
「お誘いは忝ないが、主家を裏切る訳にはいかぬ」
「でありましょうな。申し訳御座らぬ、某の未練に御座る」
最後にもう一度スカウトしてみるが、やはりダメだったな。
「しかし、出来うるならば父の事、宜しく御頼み致す」
「御父上の事は、お任せ下され。決して粗略には扱いませぬ」
解放する事が決まったからには、徹底的に正具の好感度を稼ぎにいく。
「しかし、傳兵衛殿は元服前にも、敵将の解放と引き換えに、城の明け渡しをなされておられる。また同じ事をなさるとはな」
少ししんみりとした雰囲気を変えようとしたのか、慶次郎が俺たちに酒を注ぎながら話題を変える。
服部左京進を捕まえて、荷ノ上城と交換した話かな?
あれは、殿が決められた事で、俺には一切関係ない話だけど…
「あれは殿がお決めになられた事で、某には関わり御座らぬが、一つ言える事はあの時とは違い、此度の事は某の大損という事に御座る」
「ほう、大損に御座るか」
「左様。服部左京進の首と荷ノ上城では、荷ノ上城を奪う方が得に御座るが、七郎左衛門殿と楠城では、七郎左衛門殿の方が、どう考えても価値があろう?」
楠城なんて、織田の援軍が来れば落城するのだから、七郎左衛門殿の方が価値は高いと思う。
本願寺に合流するのを知っている俺なら尚更そう思う。
慶次郎は、成る程その通りと笑いながら酒を注いでくる。
「御二方には、何れ損をした分を返していただきたいものだな」
冗談混じりに言うと慶次郎も、
「それは高く付きそうに御座るな、怖い怖い。では、少しでも返しておくとしよう」
と、更に酒を注ぎ足してくる。
お酌されたくらいじゃ返した事にはならんよ。
酔いが回ったのか、黙ってしまった七郎左衛門殿の方を見、
「七郎左衛門殿、恐らく織田家は上洛した後、伊勢統一に乗り出す事となりましょう。どちらが勝つにせよ、またこうして三人で酒を酌み交わしましょうぞ」
と、再会を約束して、酒宴をお開きにする。
翌日、城を受け取りに兵を率いて楠城へと向かう。
楠木家の兵が城から離れた所で、堀尾茂助に城内の安全を確認させた後、七郎左衛門殿を解放する。
七郎左衛門殿が見えなくなるまで見送ると楠城に入る。
城内では七郎左衛門殿の父親である兵部大輔正忠が、俺達を出迎え頭を下げる。
「大半の者は七郎左衛門に付いて南伊勢に参りました。残るものは地の者が殆どに御座いまする」
つまり、七郎左衛門殿が北畠派の家臣達を率いて出て行ってくれたという事か。
しかし、正忠の年齢は70近いはずだが、まだ確りとしているな。
「殿!柴田権六郎様、佐久間久六郎様が小古曾へ到着なされました!」
仙石新八郎が援軍到着の知らせを急ぎ報告に走り寄って来る。
おお、案外早かったな。




