152 近衞家の密談
京 近衞殿 近衛家諸大夫 進藤左衛門大夫長治
「矢島殿は、大膳大夫殿を頼り若狭へ落ちられたとか」
北大路刑部少輔殿が関白(近衞前久)殿下に報告をしている。
六角右衛門督(六角義治)殿が三好家と手を結んだ為に、矢島に居られた左馬頭(足利義秋)殿は、若狭の武田大膳大夫(武田義統)殿を頼り、落ち延びられたそうだ。
「これで阿州殿も、左馬頭の位を強く求めてこられましょうか」
刑部少輔殿の話にそう返す。
矢島殿が左馬頭の位を得た途端、矢島を追われる事になるとは…
これで、阿州(足利義勝、後の義栄)殿の方が、次期大樹に近づいたと言える。
阿州殿も、征夷大将軍の前に与えられる左馬頭の位を求めてこられよう。
未だ京を押さえるのは三好家である故、その意向には従わざるをえまい。
「阿州殿にも左馬頭を与えていただくよう申し上げる他あるまい」
殿下も同じお考えのようだ。
だが…
「矢島殿は、お怒りになられましょうな」
刑部少輔殿も同じ考えのようだ。
「それよ、このまま矢島殿が京に入れぬのならば構わぬが、そうでなければ恨みを買おう」
殿下も、そこを問題視しておられる。
「阿州殿の事に御座いますが、左京大夫殿との間に溝が出来ているとの話も御座います。もしそうであれば三好家も割れましょう。肩入れするには少々危ないのでは?」
と、殿下の話を受け、三好家の分裂を危ぶむ話をする。
「そのような噂は聞かぬが…左衛門大夫殿、御二方の仲が悪いという話は何処から?」
「一昨年の末、立入左京亮殿が尾張より戻った折りに預かられた文に書かれてあったのよ。確かな事は分からぬ故、殿下以外には話しておらぬが…その文には、既に修理大夫殿は亡くなられておられるとあったのだが、当時は分からなんだが真であった。ならば阿州殿と左京大夫殿の事も根も葉もない噂とは言い切れまい」
刑部少輔殿の問いに、一昨年に届いた文の話をする。
遠い尾張の地にて、京の者でも知らぬ事を書き記すとは、一体どれ程の良い耳を持っておるのやら。
「庶兄である妙春の子の久蔵という者よりの文であったが、恐らく久蔵が仕えているという森三左衛門か、織田尾張殿であろうな」
「左京亮殿の話では、三左衛門の子、傳兵衛やもしれぬという事に御座いましたが」
尾張にて会ったことのある左京亮殿は、傳兵衛とやらやも知れぬと言う。
余程利発な者なのであろうが…まあ、今そこは誰でもよいのだが。
「そこは誰でも宜しいが、真にその頃より修理大夫殿が身罷られておられたならば、三好家中の騒ぎにも信が置けようというもの。であらば、濃尾二州を治める尾張殿との縁は有難いかと。矢島殿の上洛にも応じておられましたし、悪くなりそうな矢島殿との仲を取り持っていただけるやもしれませぬ」
刑部大夫殿は、尾張殿に矢島殿の機嫌を取っていただければと殿下に申し上げる。
某も刑部大夫殿に賛同する。
「ふむ、美濃に尚を送るか」
「姫様をで御座いますか?」
殿下は妹姫の尚様を甥御殿の所へ送ると言われた。
「都の情勢が不安故、妹を預かって欲しいと言えば、断られる事もあるまい。織田との縁も強くなろう。なんなら尾張殿に嫁がせてもよい。尾張殿も上洛を目指しておろう。左衛門督のように粗略にはされる事はあるまい」
尚姫様は朝倉左衛門督に嫁いだが離縁され京へ戻されてしまった。
殿下はそれが許せぬのであろう、憎々しげな表情を浮かべる。
「なれば某が一度、尾張殿や久蔵殿に会うて参りましょう」
「頼めるか、左衛門大夫」
「はっ、必ずや話を纏めて参りましょう」
殿下の意を受け、某が岐阜へと向かう事となった。
「しかし、甥御殿が生きておられるとは…如何されるおつもりで?」
その後、刑部大夫殿が甥御殿をどうするつもりなのか問うが、それに対して殿下は少し考えられる。
「はてさて如何しようか、これから周囲の動き次第じゃの」
近衞前久の妹の名前はオリジナルです。祖父の尚通から。足利義尚からの偏諱ですが、『ひ』で始まれば何でもいいやと…




