151 北伊勢への援軍
美濃国岐阜城 織田家家臣 柴田権六郎勝家
左馬頭様を担ぎ、浅井家、徳川家、六角家と共に上洛する為に出陣の予定であったが、突然の六角家の裏切りによって、左馬頭様は行方不明となり、上洛は一時棚上げとなってしまった。
少しして、今回の上洛軍を率いる予定であった者等を集め、評定が開かれる。
恐らくは左馬頭様の状況が知れたのであろう。
「まさか六角家が三好と手を結ぶとはな…」
儂の義兄弟でもある久六(佐久間久六郎盛次)が嘆息する。
全くその通り。
誰がこの様な事を予見出来たであろうか…いや、一人おったな。
以前、三左衛門が酒の席で、傳兵衛がその様な事を言っていたと洩らした事があった。
「しかし、左馬頭様は御無事であろうか…万が一があれば、上洛の大義名分が失われてしまうが」
右近大夫(丹羽氏勝)も、其処こそが重要と左馬頭様の無事を案じている。
諸将が雑談をしておる中、儂は林佐渡守(林秀貞)と佐久間半羽介(佐久間信盛)の三人で話し合う。
因みに、今回の上洛軍に美濃に所領を持つ者等は殆ど含まれておらぬ。
まだ、美濃国内が治まっておらぬとして留守を言い渡されている。
故に、この場に三左衛門は呼ばれておらぬ。
「佐渡殿は何か御存知か?」
筆頭家老の佐渡殿に話を聞く。
「先日、左馬頭様より御使者の方が来られた。御無事なのは確かであろう」
「それは重畳。ならば次は六角家の討伐となろうか。此度の代償は高くつくと思い知らさねばなるまい」
半羽介は左馬頭様の無事を知り、次の戦に意欲を示す。
「それと、北伊勢の…」
佐渡殿が何か言いかけたところで、殿の小姓である堀菊千代がやってくる。
殿が来られたようだな。
「苦労!」
殿の御成りに皆、頭を下げる。
殿の他にも細川兵部大輔殿と村井民部丞、明院良政が入ってくる。
「先日、六角家と三好家が手を結び、矢島御所を襲撃した。幸い左馬頭様は無事落ち延びられたとの事だ」
殿はそう言うと兵部大輔殿の方を見つめ、後を促される。
「左馬頭様は矢島御所を出られ、若狭の武田家へ向かわれる途上との事に御座います」
ほう、無事に落ちられたか。
まだ、安全とは言えぬが、北近江の浅井家まで逃れられれば何とかなろう。
左馬頭様の無事に皆から安堵の溜息が漏れる。
左馬頭様さえ御無事であれば、再び上洛を目指す事も叶おう。
「して、左馬頭様は今後どうなさる?」
「恐らくは武田、朝倉両家を動かし再び上洛を目指される事になろうかと」
「ふむ、武田と朝倉が動くかどうか…兵部大輔、伊賀守は今後如何致す?」
「はっ、一度若狭の左馬頭様の元へ戻り、その後再び岐阜へ参る事となりましょう」
殿は武田と朝倉は動かぬと見ておられるか…
「ならば左馬頭様に言付けを頼む。武田、朝倉両家が動かぬならば早めに見切りをつけ、織田家へ御越しになるがよかろうかと存ずる。今はまだ六角家家中の騒ぎが収まっておらぬ上、三好家は松永霜台との戦の最中。我等のみでも上洛は出来ましょうとな」
「はっ、必ずやお伝え致しまする」
果たして左馬頭様は、朝倉家に見切りをつけ、当家を頼ることが出来ようか?
兵部大輔殿が去り、織田家の者のみが残ると話題が変わる。
「北伊勢を攻めておる彦右衛門より、援軍の要請があった。六角家が三好側に付いた事で、縁戚にある関氏より増援があったとの事」
これまで六角家に配慮しておったのが裏目に出たか…
「北伊勢には儂が参る。半羽介は尾張に残り周りに睨みを効かせよ」
「はっ、承知致しました」
殿の命に、心なしか半羽介はやや不満そうではあるが、まだ美濃が治まらぬとなれば致し方あるまい。
それは半羽介も理解しておろう。
「佐渡、お主も尾張に残り政務に務めよ。変わりに新次郎に兵を出させるよう」
「後事は万事お任せくだされ」
佐渡殿も筆頭家老として残らざるを得ぬ。
もともと佐渡殿は政務向きであるし、娘婿の新次郎が出陣するならば不満もなかろう。
「権六、お主は先に援軍に赴き、儂が向かうまで彦右衛門等と共に関氏と対峙せよ」
「はっ、彦右衛門と共に殿をお待ち致します」
よし、尾張に残らずとも済んだか。
美濃では然程活躍も出来ずに終わったが、ここで儂の活躍を殿に御覧いただこう。
「うむ、久六をつける故、今直ぐ兵を纏め出立せい!」
「はっ!」
「右近(坂井政尚)、お主は員弁郡の梅戸氏を攻めよ。新次郎、五郎左、藤…」
今直ぐにとの命を受け、久六と共にまだ続く評定の間を辞し、早足で屋敷へ戻る。
「久六、出立の用意は整っておるな?」
「無論、いつでも構わぬ」
よし、では一刻も早く出陣する事としよう。




