140 右衛門督と対馬守
三雲定持視点です。
近江国蒲生郡観音寺城 六角家家臣 三雲対馬守定持
「対馬、お主は密かに大津にいる三好の兵を矢島へ引き入れよ」
右衛門督様の話に、儂は驚きを隠せなかった。
「三好の兵を矢島にへ御座いますか?しかし、矢島には…」
そう、矢島には左馬頭様が居られる…
「うむ。大津におる三好日向守(三好長逸)より文が届いた。矢島に居られる左馬頭様を追放し、三好と手を組めば管領の地位を約束するとな」
まさか右衛門督様は、三好と組もうとお考えか!
「しかし、三好は不倶戴天の敵!承禎様も御許しにはなりますまい」
「ふん。三好と険悪であったのは、父上までの話だ。互いに代替わりしたからには、今までの悪縁を断ち切り、新たに良縁を結び直す事は大切であろう?父上は既に了承済みよ」
なんと、承禎様も既に御承知とは…
「しかし三好家と結べば、他の者等は納得しますまい。それに管領の職は代々細川京兆家に与えられるもの。果たして本当に殿を管領とするかどうか…」
六角家と三好家は代々敵対してきた。
今更、手を結ぶなどと受け入れ難い者もおろう。
「祖父(六角定頼)が万松院(足利義晴)様より管領代を賜ったのだ、俺が管領となっても可笑しくはあるまい?」
管領と管領代では意味が違うのだが、何故右衛門督様は当然と思われておられるのかが分からぬ。
「いや、しかし…」
「それにな、対馬。左馬頭様を担げば、同じく左馬頭様の味方となる新九郎(浅井長政)を討つ事は難しくなる」
それか…右衛門督様は、どうしても新九郎を許せぬらしい。
承禎様より家督を譲られて以来、いつも右衛門督様の邪魔となっている新九郎を始末したいのだろう。
左馬頭様に御味方すれば、新九郎より北近江を奪い返す事も叶わぬ事となろうしな。
「なあ、対馬よ。我が家は左馬頭様を擁し、織田家も上洛へ向けて手を結んでおる。しかし、織田家と同盟である筈の浅井家は、未だ当家へ侵攻を試みておる。あの様な無頼の輩と手を結ぶ事など出来よう筈もあるまい!三好家と結び浅井家など滅ぼしてくれるわ!」
確かに今も、離反した布施三河守、淡路守等を支援し、当家に戦を仕掛けておる。
その戦には、儂の子も出陣しておる。
他にも左馬頭様も高島郡へ援軍を出されておられるが、戦を止める様子もない。
「しかし、織田家の事は如何致します?」
浅井家との仲は修復し難くとも、織田家とは手を結べるのではないか?
「ふん、織田家とて同じ事よ。此方に配慮して北伊勢を攻めておるようだが、北伊勢は六角家の物よ。いずれ北伊勢より追い出す。いや、当家に反抗しておる諸勢力を織田家に滅ぼさせてから不意を打てば、楽に北伊勢を手に入れられよう」
そう上手く行くであろうか?
右衛門督様は甘く見ておられる様だが、織田家を侮る事など出来ぬ。
尾張半国も持たなんだ昔とは違うのだ。
京を押さえておるとは言え、家中に問題を抱える三好家と手を結ぶより、このまま矢島に居られる左馬頭様を担いだ方が良いと思うのだがな。
しかし、承禎様も承知しておられるならば、諫めても無駄であろうな。
これは一度、下野(蒲生定秀)殿とも話をした方が良いな。
下野殿の言う事ならば、右衛門督様もお聞き下さるであろう。




