１３８　朝明川の戦い

　川向こうの春日部・朝倉・南部の連合軍に突撃する為に、此方へ降伏した伊勢衆の軍勢が川へと走っていく。

　水深は、それほど深くないから頑張れ～。

　矢避けに使っている訳だが、一番槍は名誉な事だし、活躍して領地安堵を取り付けたい伊勢衆は、死に物狂いで頑張っている。

　これで伊勢衆の兵力も削れるし、なんなら討ち死にしてもらっても一向に構わない。

　そんな伊勢衆を眺めながら、我等の兵は対岸の敵に向けて矢を放っている。

　本来俺は、広永城からの兵に対して囮となるために、森家の本陣に詰めている予定だったのだが、皆に危険だと揃って反対された為に名取将監、森小一郎と共に本陣を離れ、援軍への対策の為に離れていた加木屋久蔵と共に岩室長門守殿のバックアップに回っている。

　本陣には影武者…ではないが、俺の代わりに堀尾茂助が詰めており、守りを林助蔵と前田五郎兵衛殿に任せてある。

　五郎兵衛殿ならば、間違って本陣まで斬り込まれても、持ち堪える事が出来るだろう。

　援軍に特攻していった伊勢衆が、川半ばに達した頃、第二陣として長門守殿の岩室軍が突撃していく。

　北勢制圧の副将だから、なんとしても武功を上げて、殿の役に立ちたいのだろうな。

　俺も長門守殿をバックアップしてるのを評価して欲しい所だけれども。

「殿！広永城より出陣！森家本陣を狙っております！」

　名取将監が、広永城から兵を釣り出せたと報告する。

　おお！出てきた出てきた。

　篭もったままだったら、どうしようかと思ったけど、大丈夫だったな。

「では、予定通りに敵に食いつかせた後、全軍で包囲殲滅を。城からの更なる増援にも警戒を怠るなよ」

　どうせ向こうも撹乱目的で深入りなんてしてこないだろうが…欲を出して深入りしてくれないかなぁ。

　朝明川の方でも、敵が岩室軍に対処しようと陣を動かそうとしている。

　春日井、朝倉の軍が此方の伊勢衆に応戦して、南部軍が岩室軍に対する形となっている。

「頃合いだ。久蔵！合図を！」

　側に控えていた加木屋久蔵に声をかける。

「はっ」

　短く返事すると、弓に鏑矢をつがえる。

　戦場に、ピューという音が響く。

　すると、みるみる間に敵軍の陣形が崩れていく。

　鏑矢の合図と共に、南部氏である南部兼綱と大矢知遠江守が此方へ寝返って敵軍を攻撃しだした。

　以前、この調略の為に捜してもらった武田信登は、元々は南部宗秀と名乗っていて、この伊勢の南部家の遠縁に当たる…といっても、遠すぎて同族ってだけだが。

　ただ単に、裏切る理由を増やすのに使っただけだ。

「無事、此方へ寝返った様ですな」

　名取将監の言葉に頷く。

　本当に寝返るか少し心配だったが、約束通り寝返ってくれたので、最早警戒する事もない。

「この機を逃すな！突撃！」

　と、勢いに乗って突撃を命じる長門守殿の声が響く。

　皆、急いで川を渡り、春日部・朝倉の軍を南部・大矢知の軍と共に囲んで殲滅していく。

「後は任せたぞ、久蔵、将監！」

　策がなったなら、もうここにいる必要もない。

　広永城の方も手早く終わらせるとしよう。

　本陣に戻ると、援軍の方に参加出来なくて鬱憤が溜まってたのか、ウチの武闘派連中が暴れ回っている。

「茂助！戦況はどうなっておる？」

「問題御座いませぬ。城外の兵も、間も無く討ち取れましょう」

　あれ？もう殆ど終わってるのか…急いで帰って来たのにな。

「では、最後まで茂助に任せよう。広永城を落とせ」

　このまま茂助にやらせて経験を積ませようか。

「お任せ下さい、殿」

　茂助も自信があるみたいだし、後は任せて俺はのんびりしようかな。

　その後、茂助は無事に広永城を落とし、城主の横瀬勝五郎は討ち死にする。

　援軍の方も、茂福城の朝倉掃部輔、蒔田城の春日部家春が討ち死に、萱生城の春日部太郎左衛門尉は降伏して捕虜となり、寝返った富田城の南部兼綱、大矢知城の大矢知遠江守は、予め取り決めてあった通り領地安堵となった。

　この勝利で、近隣の弱小国人衆は臣従を申し出て、残るは伊勢湾沿いにある神戸氏の同盟関係にある浜田、赤堀、羽津の三城を有する赤堀氏とその更に南にある楠城の楠氏だけだな。

　あっ、釆女城の後藤氏もいたか…

　さて、上の判断はどうだろうか？

　六角家に遠慮する事なく神戸氏と同盟にある赤堀氏を攻めるのか、それとも、無駄な争いを避けて此処までとするのか？