136 矢島御所
足利義秋視点です。
近江国野洲郡矢島村矢島御所 足利左馬頭義秋
「まだ信玄からは何も言ってこぬか?」
「未だ…」
一色式部少輔藤長に尋ねるが、残念ながら甲斐から良い知らせは来ておらぬようだ。
上杉、武田、北条に和睦し、同盟を結んで派兵するよう使者を送ったのだが、どうにも上手くいかぬ。
武田は、遠方ゆえ派兵は出来ぬと断ってきた。
上杉は、武田を滅ぼし北条と和睦した後、派兵するという。
北条は、武田が下知に従うのが先、まず武田を何とかせよとの返答だった。
そして、再び武田に停戦に従うよう促したが、未だ返事が来ぬ。
他にも、肥後の相良、薩摩の島津、若狭の武田、越前の朝倉などに派兵を要請している。
しかし、相良、島津は遠方に過ぎると、若狭武田、朝倉は国内が治まらず派兵を拒否してきた。
「皆、頼りにならぬな…兄を弑した三好を討伐し正当を成そうという気概を持った者はおらぬのか…」
がっくりと肩を落とし項垂れる。
何故、兄を殺した逆臣である三好や松永を討ち、我を大樹の地位に就けようとせぬのか!
武田も上杉も北条も小競り合いなど直ぐに止め、我が為に上洛するのが道理であろうに!
朝倉も朝倉だ。
我を大樹とする為に、近江へ脱するのを手引きしたのではないのか!
ならば、まずは上洛に力を貸す事を優先すべきであろうが!
「美濃へ向かった伊賀守と兵部大輔より知らせが参りました」
消沈する我に三淵大和守藤英が、美濃へ向かった和田伊賀守惟政と弟の細川兵部大輔藤孝の書状を持ってやって来る。
「ふむ、兵部大輔と伊賀守からか」
「はっ、美濃の織田尾張守殿は、来月二十二日に出陣との事に御座います」
それを聞くと、大和守より書状を奪い取り、穴が開く程に凝視し、思わず笑みが浮かぶのを抑える事も出来なかった。
「直ちに他の者へも出陣を命じる文を送る!何としても尾張守と共に三好を蹴散らし上洛を果たすのだ!」
たかが田舎の成り上がり者と思うておったが、尾張守は真に天下を憂う忠臣であるな。
しかし、尾張の成り上がり者が忠義を示しておるのに、他の者共は何をしておるのか!
「尾張、美濃の二国を治める織田家が出陣するとなれば、三河の徳川、北近江の浅井も御味方する事となりましょう。ここに六角、朝倉が加わり、五か国の軍勢となれば、三好など簡単に蹴散らせましょう」
大和守も上機嫌に笑いながら、式部少輔と頷き合っておる。
「尾張守に必ず上洛の馳走をするよう、兵部大輔から通達させよ」
「はっ、早速伝えまする」
尾張守には、必ず上洛の馳走(世話)をさせねばならぬ。
「よし、能登の畠山修理大夫、大和の十市新二郎にも文を出す!硯を持て!」
能登の畠山修理大夫ならば、直ぐにでも兵を纏めて駆けつけてこよう。
大和の十市新二郎遠勝も松永に膝を屈しておるが、上洛に合わせて松永を誅する為に立ち上がるに違いない。
それに六角、織田、浅井、徳川だけでも充分三好家を抑えられよう。
近々上洛も叶う事となろう。
阿州(足利義栄)めが大樹になろうなどと企んでおるようだが、次の大樹はこの我に決まっておるわ!




