134 三河衆に差をつけろ
兼松正吉視点です。
伊勢国桑名郡桑部村桑部城 森可隆家臣 兼松又四郎正吉
桑部城の北城を攻めているが、そろそろ敵も限界の様で、向こうからの圧が弱くなっているのを感じる。
「さて、八郎右衛門。間も無く城も落ちようが、我等は如何する?」
落城を目前にして、我等を率いている山田八郎右衛門に尋ねる。
「このまま、他の者等と共に攻めても良いが…出来れば、我等で手柄を立てたいところだな」
安食弥太郎が抜け駆けする術はないかと思案する。
傳兵衛様には優秀な家臣も増え、知行が抜かれていくのには、忸怩たる思いもあるのだろう。
ここに居る皆も、同じ思いだがな。
「余計な事をせずに、このまま殿の命に従っておればよい…と、言いたいところだが、甥が大きくなってきてな。甥の為にも、ここらで手柄が欲しいと思っておったところだ」
加藤喜左衛門は、甥御が可愛いらしく、最近は事ある毎に甥御の自慢話ばかりしてくる。
昔は今少し堅物であったのだがな…
八郎右衛門の隊に加わっているのは、自身以外は安食弥太郎、森小三次 、加藤喜左衛門。
皆、傳兵衛様が元服する以前より、仕えている古参ばかりだ。
三河や美濃、甲斐などからも傳兵衛様の家臣に召し抱えられたが、中には古参の我等よりも多くの知行を与えられておる者も少なくない。
三河衆が美濃へ残っている今が、手柄を立てる絶好の好機だ。
「では、決まりだ。我等で毛利某を討ち取りたいが、何ぞあるか?」
おそらく我等の中で、最も焦っておるであろう八郎右衛門が、良い案が無いかと問うてくる。
まだ森家が可児郡を預かる前は、傳兵衛様に指揮を任される事も多かった八郎右衛門だが、最近は谷野大膳に、その座を奪われる事が多くなった。
新参者に役目を奪われたままではいられまい。
「であれば、退路を押さえるのは如何か?小一郎殿に伺ったところ、守将の毛利次郎左衛門は執念深く諦めの悪い者の様で、城を枕に討ち死にするよりは、落ち延びて再戦を望むような気性らしい」
小三次は、同族の森小一郎より毛利某の情報を仕入れてきたらしい。
どうやら一番力が入っていたのは小三次の様だな。
小三次は小姓として取り立てられたが、同僚の山内次郎右衛門は安藤家や遠藤家との取次を、稲田次郎兵衛は側近として久々利城に詰め留守を任されており、差が開いてきておる。
新参の安孫子竹丸も優秀で、皆が居らぬ今こそ手柄を立て、傳兵衛様の覚えを良くしておきたいところなのだろう。
「ならば皆、異存はないな」
八郎右衛門の言葉に皆が頷く。
「討ち取ってしまって良いのであろうな?」
「構わぬ。殿は桑名郡の者は願証寺に近しい者が多い故、なるべく討ち取れと仰せだ」
念のために、毛利次郎左衛門を捕らえずともよいのか八郎右衛門に尋ねるが、無用のようだ。
誤解しておる者も多いのだが、我等は傳兵衛様が筋金入りの一向衆嫌いだと知っている。
「では、退路を押さえ、毛利次郎左衛門を討つ!」
「「「応!」」」
城門が開き、皆が中にいる敵兵目掛けて雪崩れ込む中、我等はなるべく敵を避け、曲輪の西側に回り込む。
曲輪の東には我等の本陣があり、南には岩室長門守様の攻める南城がある。
北には町屋川が流れているが、我等は、そちら側から攻め込んでいるので、残るは西しかない。
「急ぎ毛利次郎左衛門を捜すぞ!」
八郎右衛門の言葉に皆、毛利次郎左衛門を探しに走る。
暫く探していると、
「見つけたぞ!」
と、喜左衛門の叫び声が聞こえる。
急ぎ向かうと、既に喜左衛門だけでなく弥太郎、八郎右衛門も敵と切り結んでいる。
遅れを取ったか!
だが、その御陰で敵の注意が三人に向かっており、恐らく毛利次郎左衛門であろう者への守りが薄くなっている。
「毛利次郎左衛門殿とお見受けする。その首貰い受ける!」
好機を逃すまいと急ぎ次郎左衛門に駆け寄り槍を振るう。
「チッ、邪魔だ、どけ!」
次郎左衛門が叫び、応戦してくる。
二合三合と槍を合わせるが、此方の方が腕は勝っている。
そして四合目に、此方の槍が次郎左衛門の右肩に突き刺さる。
「ぐっ!」
呻いて大きく体勢を崩した次郎左衛門に、刺さっている槍を更に突き入れ押し倒す。
「父上!!おのれ、討たせるか!」
いざ、首を取ろう、と槍から手を離した瞬間、横手から武者が駆け寄り斬りかかってくる。
仕舞った!と、そちらを向こうとすると、
「又四郎!某に任せよ!お主は次郎左衛門の首を討て!」
森小三次が二人の間に割り込み、相手を食い止めてくれる。
「済まぬ、小三次!」
未だ倒れたままの次郎左衛門に飛びかかり、首をかっ斬る。
「毛利次郎左衛門は、森家家臣、兼松又四郎正吉が討ち取ったり!!」
大声で手柄を叫び、皆に毛利次郎左衛門を討ち取った事を知らせる。
助けてもらった小三次の方を見ると、どうやら無事に次郎左衛門の子を討ち取ったようだ。
「助かったぞ、小三次!」
「なに、気にすることはない。此方も手柄は頂いた」
小三次も、次郎左衛門の子を討つ事が出来て嬉しいのであろう。
「チッ、又四郎に良いところを奪われたか」
「伊勢は城も多い。まだまだ、機会はあろう」
弥太郎は悔しそうに呻き、喜左衛門に励まされている。
そうだ喜左衛門の言う様に、まだまだ武勲を立てる機会は残っている。
ここで三河衆に差をつけさせてもらおう。




