129 二枚看板
十一月。
殿の養女となった苗木勘太郎の娘が、武田の諏訪四郎の元へと嫁いで行った。
話があってから半年も経っていないので、早い方なのかもしれない。
これで、武田との関係は一段落ついた事になるのかな?
次は奇妙様と松姫の婚約か。
どうなるか分からないが…
やっと暇が出来たので、金山に家族に会いに行く。
今年生まれたばかりの弟、森家知名度ナンバー1の森蘭丸こと於乱ちゃんを見たかったのだ。
ウチの兄弟は、鬼武蔵と森蘭丸の二枚看板でやっているので。
於乱ちゃんを見に行くと、赤ん坊が二人いた。
双子?片方は於乱ちゃん、もう片方は誰やねん?
今のここにいる可能性のある赤ん坊を思い浮かべてみる…梅(正室の子、五女)は四歳…違うな。
稲(側室の子、六女)二歳、惜しいが違うな。そして於乱(三男)は、その子の隣で寝ている。
正解は、於勝ちゃんの乳母である於立の娘、武でした。
親父め、乳母を…やるな!
織田の先代である信秀公も同じような事をしているので、非難は出来ないな。
本当に於立の娘だろうな?
実は双子でしたとかは、無しでお願いするぞ。
俺自身は、なんとも思っていないが、双子は獣腹だとかなんとか世間が煩いからな。
俺の知らない妹が三人(麦、稲、武)生まれている。
弟妹が増えるのは大変喜ばしい事なのだが、これが対藤吉郎用に思い出した、妊活の知識によるものかどうかは分からないなぁ。
一応、藤吉郎に教える前に効果が有るのかどうか、親父たちで試してもらっているのだが…分からんなぁ。
親父達も、息子にそんな事を指導されても正直困っただろうが…
妹たちの嫁ぎ先なのだが、既に結婚した長女と関成政と結婚するはずの三女はともかく、次女の於藤を史実通り、家臣の長田又左衛門と結婚させる必要あるかな?
津島の大橋家と縁のある又左衛門との縁を固く結びたかったのかもしれないが、今ならもっと上の身分や血筋の者を狙えるんじゃないかな?
史実で又左衛門は出奔してるし…本人のせいだとは思わないし、その原因になる於仙ちゃんを人質にさせる様な事態にはさせないけどな。
だが、どうせなら未来の大名候補だとか、家格の高いところの方がいいんじゃないかな?
いや、別に又左衛門が気に食わないとか、結婚させたくないとか理由がある訳でもないので、そのまま結婚しても構わないのだが。
「兄上!兄上も父上を説得するのを手伝ってくれ!」
於乱と武と別れ他の家族の顔を見ようと移動していると、於勝ちゃんが駆け寄ってくる。
おお、あんなに可愛かった於勝ちゃんが、乱暴な言葉を使うようになってしまった。
まあ、それは良いとして…
「どうした於勝、何を手伝えと言うのか」
「勿論、初陣に決まっている!」
初陣?誰の?まさか於勝のか?
「お主の初陣か?お主、まだ八つであろう?」
「そうだ!次の年には九つになる!」
いや、九つで初陣なんて馬鹿か!…家の存亡の危機でもないのにする奴なんているか!
「兄上も九つで首級を挙げたではないか!ならば、俺も九つで初陣を果たしても良かろう!」
ち、違うぞ?
「…俺の初陣は昨年の堂洞城だ」
「何を言っている。初陣は、九つの頃の熱田での戦であろう!石橋式部大輔を討ち取り、服部左京進を捕らえたと、織田家で知らぬ者などおらぬ!」
いや、初陣は堂洞城で合っていると思うんだが…どうしたものか…
「兄上!勝負して勝ったら父上に頼んでくれ!」
鬼武蔵と勝負か…受ける必要もないが、久しぶりに稽古をつけてやるか。
仕方ないので勝負を受けてやる。
於勝の攻撃は、獲物目掛けて飛び込んでくるような荒々しい槍捌きだが、年齢差のせいか、そんなに怖くはない。
フェイントは引っ掛からないというか、無視して突っ込んでくるので仕掛けるだけ無駄なのも、俺的には残念だ。
軽くいなして、そこそこ打ち合ったら止めを刺そうと思ったのだが…
おかしい…止めの一撃が入らない…
力も技も体格も俺の方が上で、事実終始押していて負ける要素が全くないのに…
小技は普通に当たるのに、止めの攻撃になるとスッと躱す。
勿論、地力が違うので、追撃すれば勝てるのだが、稽古のつもりでやっているし、どうして躱せるのか気になるので、そこまでの攻撃はしない。
「於勝、何故、止めの一撃だけは躱せるのだ?」
分からないので諦めて聞いてみる。
「勘!!」
あっ、そうですか…馬鹿馬鹿しい…
馬鹿らしくなったので、地面に落ちている小石を、於勝目掛けて思いっきり蹴る。
小石は見事、額に命中し、於勝はひっくり返る。
槍は躱せるが、小石は無理だったか…
そういえば於勝ちゃんは、鉄砲で眉間を撃ち抜かれて死んだんだったか…
…一応、鍛えておくか。
まあ、於勝の元服は、まだまだ先だな。
「傳兵衛殿、丁度良いところへ。実は於勝の事でお話しが…」
於勝ちゃんを倒し、屋敷に戻ったところで、母の営からお呼びがかかった。
「母上、於勝が如何しましたか?」
「実は、於勝が初陣をさせよと申しまして…まだ早いと止めたのですが、言う事を聞きませぬ。どうか傳兵衛殿からも、於勝に言ってもらえませぬか?」
困り顔で母上から相談を受けたが…
「心配御座いませぬ、母上。既に於勝に初陣を諦めさせました」
母上は一瞬キョトンとした顔を見せた後、安堵の溜息を吐く。
「流石は傳兵衛殿、お早い事。よく意思の固い於勝を説得出来たと感心致します」
硬い石の方が強かったからね。
取り敢えず家の方はこれで大丈夫かな。
もう流石に今年はイベントも起こらないだろう。
十二月、殿が今年暗殺された足利義輝の弟である覚慶(足利義昭)に、上洛の意思を示す手紙を送られた。
本来なら、この手紙を受けて翌年、織田家と一色家の停戦となるのだが、既に一色家は滅んでいる。
現在覚慶は、六角氏を頼って近江の矢島御所にいるはずだが、六角が史実通り裏切り、若狭武田家へ逃亡し、それから越前朝倉家へと向かう流れになるのかな?




