125 壮行会
織田薩摩守忠頼視点です。
美濃国岐阜 織田家家臣 織田薩摩守忠頼
馬廻の同輩である佐脇藤八郎が、北伊勢攻略を命じられた岩室長門守殿の与力として伊勢に赴く事となり、その戦勝を願って皆で飲む事となった。
「藤八郎、長門守殿の足を引っ張る事のないように、しっかり励めよ!」
前田又左衛門が藤八郎の肩を叩きながら、奮起を促している。
藤八郎は鬱陶しそうだが…
「兄上は家の事を何とかせい。義姉上が煩くて敵わん。外に出た身なれば口は挟まぬが、勘弁してもらいたい」
又左衛門は殿に家督を継ぐよう命じられた為に、前田家では、ごたごたが絶えぬらしい。
藤八郎を揶揄するつもりが、逆に痛い所を突かれて渋面になっておる。
「しかし、長門守殿も滝川彦右衛門殿も副将に森傳兵衛を指名されたとか。殿もそれを許したそうだ。お主も傳兵衛に負けぬ様にな!」
なんと!
又左衛門は何とか矛先を逸らそうと話題を変えようとしたのだろうが、聞き捨てならぬ。
また、元服したての若造に、武功を立てる機会が奪われたという事ではないか!
又左衛門が何が楽しいのか然も愉快そうに話すが、何が楽しいのか…
「しかし、長門守殿も我らに声を掛けてくれればよいものを」
加藤弥三郎が愚痴を溢すが同感だ。
長門守殿も、もっと我等を引き立ててくれればよいものを…
山口飛騨守も同意しておる様で、「然り然り」と頻りに頷いている。
「確かに武功を立てる機会ではあったが、翌年の上洛には来られぬのだから、其方等にとっても悪い事でもあるまい」
興味がないのであろう、浅井新八郎が二人を窘める。
確かに伊勢攻めに加われば、同じ頃に行われるであろう上洛には加わる事は出来ぬであろうな。
「とは言え、傳兵衛ならば何か仕出かしそうではあるがな」
塙九郎左衛門が、からかうように混ぜ返す。
「傳兵衛殿ならば、ありそうに御座いますな」
金森五郎八が同意すると、
「兄も文武のみならず、芸事も達者だと感心しておったわ。多才なのは間違いなかろうな」
と、長谷川橋介も続いて褒める。
「傳兵衛ならば、何か面白き事を仕出かしてくれそうですな」
又左衛門が笑いながら肯定するが、冗談ではない。
我等よりも目立つ活躍をされては堪らぬ。
弥三郎の様に噛みつく気はないが、軍を任された長門守殿に続くのは俺だという思いがある。
次の上洛で三好家と戦になるのは必至、殿に我が力を御見せする好機。
傳兵衛が殿の居らぬ所で戦ってくれるのならば、寧ろ有難い事だ。
「はっ!若造に手柄を立てる機会を奪われたにも拘わらず、その様なふやけた顔をしおって。犬の分際で噛みつく牙も無くしたか!」
楽しそうに話す又左衛門を弥三郎が罵倒する。
「なんだと弥三郎!牙を無くしたかどうか、その身で味わうが良い!」
と、激昂して刀を抜こうとする又左衛門を、
「抑えろ又左!また放逐されたいのか!馬鹿者が!!」
「祝いの席で刀を抜こうとは何を考えておる!」
と、伊東清蔵と猪子次左衛門が止めに入る。
「弥三郎も控えろ!この場は藤八の前途を祝うものだ。それが出来ぬならば、疾く去れ、痴れ者が!!」
「弥三郎も頭を冷やせ!」
弥三郎も、飯尾隠岐守と福富平左衛門に窘められている。
「済まぬな藤八。少し頭を冷やして参る」
弥三郎も流石に悪いと思ったのだろう、謝り部屋を出て行く。
しかし見たところ、何とも思っておらぬ者を除いて、傳兵衛の事を敵視しておる者と誼を通じておる者の数は半々といったところか。
方々に縁を結んでいて、そういう如才ないところも、弥三郎の癪に障るのであろうか。
まあ、弥三郎の事など、どうでも良い。
長門守も傳兵衛も京には行けぬのだ。
邪魔者の心配をせず、存分に殿のお役に立つ事だけを考えれば良い。
長門守に続くのは俺だ。




