124 次代がいない
なにやら俺が、北伊勢攻めに参戦させられるという噂が流れてきたが、何か問題があるらしく、殿や親父達が相談しているようだ。
まだどうなるのか分からないので、本決まりになってから考えよう。
それよりも竹腰摂津守を柳津城の城代に据え、他の面子を探す。
武田からの人材もスカウトしたが、美濃からも取っておかないとね。
どうやら、土岐頼芸の息子を召し抱えるのはOKのようだし、頼芸を美濃へ呼ぶのも許可が出た。
ただし、嫡子の頼次への接触は禁止された。
確か松永久秀の所にいるんだったか?…まあ別に要らないが。
土岐頼芸は既に出家しているので良いが、嫡子の頼次に美濃国の守護になるべく暗躍されると面倒だしな。
てっきり、殿が直臣にするかもと思ったが、どうでもいいらしい。
これで、京にパイプを持つ平野右京進と平井宮内卿、近衞家の血を引く斉藤道三の養子の息子である加木屋久蔵、元守護である土岐頼芸の子である斎藤五郎左衛門、元斎藤家六宿老の一人である竹腰摂津守。
こうやって見ると、結構不穏な家臣達だなぁ。
これに土岐頼芸を迎え入れるというのだから、殿もよく放置してくれているものだ。
俺なら、ちょっと考えるね。
まあ、織田家臣には、尾張守護の斯波義銀の弟である津川義冬、三河吉良家の西尾吉次と火種になりそうな奴は他にもいるので、美濃守護の土岐頼芸の息子が入ったとしても気にはならないのかもしれないが。
まあ、家臣にする事にOKが出たんだから、俺の考える事ではないか…
今回、竹腰摂津守尚光、長井隼人の子である井上半右衛門頼次(長井から井上に改姓した)、それと、これだけでは採用のハードルが高いと言われそうなので、今枝八郎左衛門という牢人をスカウトした。
甲斐、信濃からの牢人も含め、これだけいれば充分だろうし文句も言われないはず。
残念ながら(?)斎藤五郎左衛門頼元は、親父が召し抱える事となった。
まあ、貸し出してくれるなら、その方が良いのかもしれないな。
あとは、加藤光泰は近江へ逃げたようで、直ぐには連絡がつかなかった。
今後、加藤光泰の勧誘を継続するかどうかは、また後日考えよう。
他にも日根野弘就とか思い浮かぶが、既に駿河へ逃げているだろうしスルーさせてもらう。
偶然だとは思うが、こいつの主になるのは一寸怖い…主家が悉く滅んでいるので…
他には、城持ちなので家臣にするには難いが、高木貞久とコンタクトをとってみたいかな。
貞久は、養子で高木家に入ったので、実父は近江の樋口直房。
軍略兵法に通じ人望も厚く、近江一の智将といわれ、茶道、連歌にも通じる風流好き。
近江への伝手としては申し分ない。
後々、近江を切り崩す事にはなるかもしれないので、仲良くなっておきたい。
今、その樋口直房の家に、竹中半兵衛がいるらしい。
半兵衛自身は、仕官が志賀の陣以前なら藤吉郎の家臣にしておきたいし、本能寺の変までには病死するので、あまり欲しいとは思わないのだが、浅井家の家臣達への伝手としては有用だし…
裏切り者(俺視点)の浅井長政の家臣たちは切り崩しておきたい。
長政が織田家についてくれればベストだが、浅井家家中が親織田家と反織田家に分裂して争い、兵を出す余裕がなくなってくれれば言う事はない。
さて、ここらで周りとの親善を深めたいのだが、歴史が早まったせいで一つ困った事がある。
それは、織田家の重臣の後継者が、まだ元服していない…
柴田権六郎勝家殿の養子となる勝豊は十歳。
佐久間半羽介信盛殿の嫡男、信栄は十歳。
滝川彦右衛門一益殿の嫡男、一忠は十三歳。
坂井右近将監政尚殿の嫡男、尚恒は十一歳。
佐久間久右衛門盛次殿の嫡男、盛政は十三歳。
特に武闘派の次代が、まだ育っていない。
すでに現役なのは、林佐渡守秀貞殿の婿養子の『槍林』こと新次郎通政殿くらいだろうか。
次代を集めて親睦会でも開いてみたいのだが、仕方ないので親父世代に媚びを売っておこう。




