120 そうだ、美濃へ行こう!
都築久大夫視点です。
甲斐国山梨郡板垣村 都築久大夫
「藤蔵殿の話では、あくまで牢人の身である者のみを召し抱えたいとか。出奔の手伝いは出来ぬとの事」
「そうか、御助力頂けぬか…」
儂の言葉に羽左衛門が肩を落とす。
まあ、武田家と織田家の同盟が為ろうという折に、無用な厄介事を背負いこむ事などあるまい。
「ただ、藤蔵殿等は美濃の者。甲斐の事情など知らぬ故、同道の者が真に牢人かなど分かろう筈もないと」
「どういう事じゃ?」
「此方が牢人だと言い張れば、露見しない限り美濃まで連れて行くのは構わぬという事であろう」
「だが、その者達の素性は確かなのか?」
加助様の大事だ。
万が一が無き様に念入りに調べておきたいのだろう。
「うむ、織田家の重臣である森三左衛門殿の嫡男である傳兵衛殿の家臣に間違いない。東光寺に御出でになっておられる春国和尚に御伺いして参った。快川和尚に文を届けに来たそうだ」
「ふむ、間違いはなさそうだな」
「森三左衛門殿は過日、秋山伯耆守殿が美濃へ攻め込んだ折、織田家の将として伯耆守殿を押し止めた者だそうだ。近隣に名を響かせる勇将との事だ」
「ほう、では嫡男の傳兵衛殿も槍働きが得意なのであろうか?」
「うむ、なんでも齢九つにして首級を挙げたそうじゃ」
「九つで? それは…」
ちらりと加助様を見ると、両手をぎゅっと強く握りしめておられる。
傳兵衛殿が羨ましいのか、或いは妬ましいのか…御可哀想に。
「昨年まで美濃に居られた快川和尚の話だ。確かであろう。なんでも傳兵衛殿は、加助様と同い年だそうな」
「そうか、それは羨ましい事だな……」
ポツリと加助様が漏らされた言葉に、意を決して具申する。
「加助様!その者達を頼り美濃へ逃れましょう! このまま加助様が無為の日々を送られる必要など御座いませぬ!太郎様の家臣が大勢放逐されておる今ならば、出奔するのに好都合に御座います!」
「ですな。皆は今川を頼り駿府へと向かう者が殆ど。信濃を抜け美濃へ向かう者などおりますまい。織田の者と共に行けば、疑われる事無く無事に美濃へ落ちられましょう。何、水が合わねば、御方様の居られる丹波へ向かえば何とかなりましょう」
羽左衛門も同意してくれる。
「すまぬな、羽左衛門、久大夫……。我が儘だとは分かっておるが、やはり己の腕を振るってみたいのだ。迷惑を掛けるが頼まれてくれるか?」
「無論に御座います! 加助様なら必ずや大功を立てる事も出来ましょう!」
「織田家のある尾張は豊かな地だと聞き齧っております。加助様ならば、大身となることも夢ではありますまい!」
漸く日の当たる場所へ飛び立とうとする主を前に、羽左衛門と喜びあう。
「しかし、なにか土産を持参したい所だが、何ぞあるか?」
羽左衛門の言葉に頷く。
確かに土産があった方が、断られにくかろう。
「家臣を召しに来たのならば、その様な者との橋渡しをすれば良いのではないか?」
言うてはみたが、目ぼしい者は既に駿府へと向こうておろうし、残っておる者は他家へは行かぬであろう。
出来れば信濃の者の方が都合が良いが……。
美濃へ向かうのに、少なくとも其処までは同道出来よう。
見捨てて去られる事は無かろうが、念には念を入れておいた方が良かろう。
さて、その様な者はおったかな……。
甲斐お使い編3




