119 不憫な主
北原羽左衛門視点です。
甲斐国山梨郡板垣村 北原羽左衛門
「太郎様が御屋形様に捕らえられ、東光寺へと送られるそうだ」
同僚の都築久大夫が、その様な報せを持ってきた。
「そうか…太郎様が事を成した暁には、あわよくばとも思っておったが…」
主である加助様の御父上の弥次郎様が、御屋形様の癇気を被り寺に押し込められた上、本郷八郎左衛門により殺害され御家は断絶。
その後、義弟の於曾左京亮様に御家再興を許されたが、嫡男である加助様は蟄居、御舎弟は弥次郎様の奥方の実家である丹波へと逃れられた。
もし、太郎様が実権を握る事が出来たならば、加助様の蟄居も解いていただけるやも知れぬと期待しておったのだが…
「やはり加助様を他国へ…」
「しかし、左京亮様の迷惑となろう。次、何かあれば、御家取り潰しは免れまい。それは加助様も本意ではあるまい」
久大夫は加助様を他国へ逃がし、御家再興を目指したいようだが、現当主の左京亮様が御屋形様の怒りを買うやもしれぬ。
そうなれば、今度こそ御家取り潰しとなりかねぬ。
「しかし!加助様も齢十四となられた。熱心に鍛練を重ねておられるが、それを振るう機会が無いとなると、あまりに不憫ではないか!」
久大夫の声に悔しさが篭っている。
その時、後ろから不意に声がかかる。
「これ久大夫!その様な事を大声で申すでないわ!」
ギョッとして振り返ると、そこには知り合いの曲淵正左衛門様がおられた。
「これは正左衛門様!今の話は何卒御目溢しを!久大夫は…」
慌てて久大夫を庇おうとするが、正左衛門様は、それを止める。
「分かっておる。しかし、お主等の気持ちも分かるが太郎様の事もある、今は口を慎め」
「申し訳御座いませぬ」
内心、それを正左衛門様に言われるのは得心がいかぬが、そこは久大夫も素直に頭を下げる。
「正左衛門様は加助様に?」
「うむ、お変わりはないか?」
先代の弥次郎様が寺に押し込められた時、殆どの家臣は家を去ったが、唯一人正左衛門様のみ、弥次郎様の元に残った。
弥次郎様が害された折は、御屋形様の所へ怒鳴り込む程の忠義を示された。
有り難い事に、今も加助様の事を気にかけて下さっている。
「はっ、毎日鍛錬を欠かさず、また腕を上げられました」
「左様か…」
「正左衛門様、御屋形様に何とか取り成しては頂けませぬか?加助様があまりに不憫でなりませぬ…」
久大夫が必死に訴えるが、正左衛門様は首を横に振る。
「すでに御屋形様には嘆願しておるが、赦しは頂けなんだ…」
その言葉に久大夫だけでなく、儂も落胆する。
やはり、甲斐を出た方がよいのであろか…
「今、太郎様の重臣等が腹を召され、他の家臣共も放逐された。今ならば、その者達に紛れて他国へと逃れる事も出来よう。左京亮殿も本気で追う事はあるまい」
「しかし、左京亮様に御迷惑が…」
「なに、いざとなれば儂が御屋形様へ掛け合おう」
正左衛門様は、何かあると直ぐに奉行衆へ訴える癖があるが、訴えが聞き入れられた試しがない。
如何にも自信有りげに申されるが、全く以て信用はできない。
しかし、このままでは加助様の為にもならぬのも事実。
どうしたものか…
「そう言えば、尾張の織田家中、森家の者と会うたぞ。何やら此度放逐された者を召し抱えたいと申しておったが…その者等に話を聞くのも良いかもしれぬな」
ケチでも有名な正左衛門殿の事だ、金でも掴まされたのであろうな。
甲斐お使い編2




