115 深瀬村へ
主の逃げ出した城など命懸けで守る者はなく、直ぐに開城して織田家の物となった。
本陣に向かい、殿に藤吉郎と一緒にお褒めの言葉を頂くと、協力者として野々村主水正を紹介し恩を売っておく。
あと、土岐頼芸の子である斎藤五郎左衛門を、殿に押し付けて、さっさとその場を辞す。
自陣に戻り一息入れると、大島鵜八が戻ってきた。
「して、首尾は?」
「確かに喉を射抜きましたが、川に落ちた為、わかりませぬ」
喉を射抜いた上、川に落ちれば死ぬだろ、普通。
「わかった、よくやってくれた!」
にっこり笑って、労を労う。
「川に落ちては、確かめようもありませぬが…」
少し申し訳無さそうに言うが、そんな事はいい。
「鵜八が射抜いたと言うのであれば、射抜いたのであろう。そなたの腕に疑う余地などないわ」
鵜八が喉を射たと言うならば、確かに喉を射たに違いないのだ。
こちらは、その腕を買ってスカウトしているのだからな。
「はっ、有難う御座いまする」
と、嬉しそうにお礼を言ってくれたが、還暦前の男に言われても…こそばゆいかな。
万が一、鵜八が龍興を見逃したり、殺り損ねたりしていたとしても、史実通りに邪魔してきて鬱陶しいだけだからな。
怪我でリタイアでもしてくれたら儲けものだし。
でも、この様子なら大丈夫だったみたいだな。
ただ、この事は皆には黙っておこう。
一応、鷺山殿の甥になるし、生死の確認も出来ないので。
鵜八には武功にならぬ事をさせて申し訳ないが、その分知行を加増するので勘弁してもらいたい。
翌日、長井半右衛門に家臣から案内役を借り、遠藤六郎左衛門殿の母親のいる深瀬村へ向かう。
長井隼人の後室となっている遠藤六郎左衛門殿の母親に何かあっては一大事だ。
是非、俺の手で無事に救いだして、六郎左衛門殿に恩を売りつけたいところだ。
屋敷へ着き、門扉を叩く。
「某、織田家家臣、森三左衛門が嫡男、傳兵衛と申す。遠藤六郎左衛門殿の御母堂に御目にかかりたい。長井半右衛門殿と共に参った」
暫くすると中から一人の男がやってくる。
「某、側人を勤めまする埴生太郎左衛門と申しまする」
まあ、母親に伝言出来ればいいだけだから、直接会う必要はないよな。
「では、屋敷の方々へお伝え願いたい。我等がこの屋敷を警護致します。屋敷内には兵を入れませぬ故、安心してお過ごし頂きたい」
「誠に忝ない。ところで、六郎左衛門様や隼人正様等は如何なされたでしょうか?」
屋敷には入らないと言われて、ほっとした様子を見せたが、やはり気になるよな。
「六郎左衛門殿は、大隅守殿と和解致し、目出度く八幡城へと戻られた。隼人正殿は、先程自死なされ、半右衛門殿は織田家に降られた」
「そうで御座いますか…」
まあ、六郎左衛門殿が領地を取り戻したのは嬉しいだろうが、隼人正殿の事は複雑だろうな。
ふと屋敷の中から視線を感じ、目を向けると、小さな女の子が、じっと此方を見つめている。
別に敵意がある訳でもなさそうなので、単に興味津々なだけなのかもしれない。
試しにニッコリ笑いかけてみると、驚いたようにビクッとして、奥に消えていった。
俺、全然女の子に縁がないような気がする。
これは、この時代的に普通なのかな?
まあ、いいや。
太郎左衛門が怪訝な顔をしているので、さっさと用事を済ませよう。
「何かあれば、この者に遠慮なく申し付け頂きたい」
と、山内次郎右衛門を前に出す。
「伊賀伊賀守殿の弟である太郎右衛門殿の義弟、山内次郎右衛門に御座る」
まあ、ちょっとでも血縁が近い方がいいだろう。
「では、あとは次郎右衛門に任せる。六郎左衛門殿が来られるまで方々を御守りせよ」
さてと、郡上郡から働き詰めで流石に疲れた。
お呼びがかかるまで一休み一休み…




