114 右兵衛大夫
一色義糺(斎藤竜興)視点です。
美濃国稲葉山城 美濃一色家当主 一色右兵衛大夫義糺
織田軍に稲葉山城を囲まれて幾日が経っただろうか…
浅井との同盟も織田に先手を取られ、長井隼人が頼りにしていた武田も織田家との同盟に至った。
飛騨の姉小路が郡上郡を荒らしているが、その後の知らせもない。
西美濃は裏切り、東美濃は織田家に制圧された。
「右兵衛大夫様、佐藤六左衛門殿より援軍の知らせが来ております」
長井隼人正がやって来る。
「六左衛門が?今更か?」
成吉摂津守がその知らせに疑問を抱く。
延永備中守もそれに同意している。
こちらへ援軍を出すならば、疾うの昔に出しておるはず。
「あの六左衛門の事、おそらく郡上郡で動きがあったのではないか?」
「姉小路が勝ったか?遠藤が勝てば織田方についたであろう?」
「郡上郡の知らせは来ぬのか?」
と、家臣たちの話し合いが続く。
「右兵衛大夫様、このまま籠城を続けても、最早援軍もありませぬ。ならば今、六左衛門殿と織田本陣を襲い、信長めを討つしかありますまい」
隼人正が決断を強いてくる。
そうだな、漸く勝機が見えた。
織田を挟撃し、稲葉山城より追い払うのだ!
「そうか!では皆の者!六左衛門と協力し織田を討て!」
「「「はっ!」」」
やって来た勝機に皆の顔が明るくなるのが分かる。
隼人正を残し、皆が勇んで戦支度で出ていく。
諸将がいなくなると、隼人正が誰にも聞こえぬように小声で話してくる。
「万が一の時は舟を用意しております故、長島へ落ちられませ」
「なに?」
「万が一、六左衛門が織田方へ寝返っておれば、敗れましょう。ですが、このまま籠城を続けても勝機はございませぬ」
「あやつらに、俺が逃げるまでの時間を稼がせるのか…」
信長めには勝てぬということか…祖父と父が手にした、この美濃を捨てろと…
「誠に六左衛門が援軍であれば勝てましょう」
「そうか…隼人正に全て任せる」
そう言って隼人と別れ、稲葉山城から落ち延びる用意をする。
「父上、申し訳ございませぬ…」
やはり隼人正の言う通り、六左衛門は織田と通じておったか。
六左衛門の寝返りが確実となったところで、用意された舟で長良川を下り伊勢長島へと向かう。
隼人正が戻って来るのを待たず、僅かな供回りと共にさっさと脱出した。
先程までいた稲葉山城を舟より眺めると、沸々と怒りが沸いてくる。
裏切って織田方についた稲葉、伊賀、氏家、岸、佐藤、大沢ら美濃の諸将!
そして何より、尾張の織田信長!
「おのれ信長め、必ずや美濃を取り戻してやる、ぐがっ!?」
そう誓いを立てた時、喉に痛みが走る。
訳も分からずに体は後ろへ倒れていき、周りの騒ぐ声を遠くに聞きながら、川へと落ちていった。




