112 稲葉山城へ
「おお、傳兵衛殿ではありませぬか!」
殿の許可を求めに本陣に向かうと、木下藤吉郎に声を掛けられる。
「某、殿より火付けの役を仰せつかりました故、此より搦手より忍び込まねばなりませぬ。傳兵衛殿も暫しお待ちを。必ずや城を混乱させてみせましょうぞ!では、失礼致す」
藤吉郎は一方的に話しかけてきて、直ぐに去っていった。
なんだろう?殿から役目を貰えた事を自慢したいのかな?
「ほう、藤吉郎からも似たような話を聞いたが、其方もか…」
「流石は藤吉郎殿に御座いますな」
殿に話を付けに行くと藤吉郎の話が出たので誉めておく。
でも別のルートを通るし、城に着く場所も違うので保険になると思うのだが。
「…よかろう。藤吉郎の策が成らぬ事を考え、其方の策を許そう」
「はっ、就きましては、先程織田家に降りました長井半右衛門に案内させたいと存じますが、如何に御座いましょう?」
「隼人の倅であったか…よかろう、許す」
「はっ、有り難う御座いまする」
よし、殿の許可も下りたので、半右衛門を城内の案内役にして、本丸を目指そう。
半右衛門を連れて自陣に戻る。
「傳兵衛殿、このような機会を頂き忝ない」
半右衛門に礼を言われるが、此方に利があるからやっているだけだし。
「ところで半右衛門殿、遠藤六郎左衛門殿の御母堂の居られる所を御存じないか?」
それが一番の目的だからな。
「山県郡の深瀬村という所に避難させております」
稲葉山城におらんのか~い!
まあ、そうか…屋敷のある井ノ口の町は焼かれてるしな。
家族も城内へ退避させているのかと思ったが、それなら無理に城攻めに参加する事もなかったな…
まあ、脳筋共がやる気になっているし、殿に許可を求めておいて、止めますとは言えないので決行するしかないのだが。
山道をえっちらおっちら歩き、何事もなく裏門へと辿り着く。
残念ながら一色龍興と遭遇する事はなかった。
「藤吉郎殿は、まだ仕掛けておらぬ様だな」
藤吉郎が火をつけて混乱してから突入しようと思っていたのだが…お話の通り道に迷っているんじゃないだろうな?
道案内してくれるはずの茂助は、俺の家臣になっているから、そこにはいないぞ?
藤吉郎には活躍して出世してもらいたいんだが…ちょっと待つか…
「傳兵衛殿、まだ某が織田家に降ったとは伝わっておらぬはず。某が門を開けさせましょう」
半右衛門…断る理由が見当たらないぞ。
そう提案されて、藤吉郎が火をつけるまで待とう、とは言いづらい。
皆、やる気になっているし。
「半右衛門殿、やっていただこう。皆も門が開くまでは長井家家臣として振る舞え。敵に覚られるなよ」
皆に釘を刺しながら、半右衛門にGOを出す。
「長井家の半右衛門だ。門を開けよ!」
「半右衛門様、よくぞ御無事で!」
門番が急ぎ周りを確認し、門を開いていく。
「右兵衛大夫様は如何された?城には誰か戻ってこられたか?」
「どなたが戻られたか、某には分かりかねますが…」
「右兵衛大夫様は何処に?」
「…某には分かりかねまする…」
門番が答えられないという事は、やはり龍興は、大分前にこの門から逃げ出しているという事かな。
「では某は、本丸へ参る。後の事は任せたぞ」
「はっ、お気をつけて」
門番と別れて本丸を目指す。




