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第5話

 俺は昨日の猫の様子を見ようと、学校の帰り病院へ向かった。

「先生……昨日の猫………え? 橘?」

「あ、加藤君、見てっ! 『けいと』が餌を食べたのっ」

 診察室の隣にある入院中の動物達がいる部屋を覗くと、橘が嬉しそうに黒い子猫を俺に見せる為、身体の向きを変えた。

「……『けいと』って?」

 何だ? 『けいと』って……

 俺の問いに、橘が『この子の名前!』と答えたのを見て顔を顰める。

「あのな……お前が飼う訳じゃないだろ? 名前を勝手に付けたら……」

「あー雅樹、『けいと』はお前ん家に貰われる事になったぞ」

「は?」

 先生が診察室から顔を出して、そう告げた。

「昨日な、お前の親父に話をしたら『家で飼う』ってさ……まぁ、タロウもかえでも猫には慣れてるし、大丈夫だろ」

「父さんが?」

 うちの家族は動物好きだが、父はどちらかと言うと犬派。

 以前、猫も飼っていた事があるけど、あの時は母が拾ってきた。

 父は自分から猫を飼うなど言う筈がないと思ってたけど。

「あぁ、『更紗ちゃんが助けた猫なら、うちで飼うよ』だそうだ」

「はぁ?」

「けいとー、良かったね! タロちゃんもかえでちゃんも可愛いがってくれるよ」

「みぃー」

 橘が抱いている子猫に頬擦りをすると、子猫は小さな声で鳴いた。

「今日、帰っても良いけど……どうする?」

「え? あ……はい、父さんが了承したなら、家に連れて帰ります」

「分った……じゃ、これ。けいとの薬と、多分お前の家に無いだろうから『猫砂』持ってけ」

 先生はそう言うと、小さな袋に入った服用薬と塗り薬、大きなビニール袋に入った猫砂を俺に渡した。

「ありがとうございます。それじゃ、失礼します」

「先生、ありがとう!」

 俺の隣で子猫を抱き締めながら、橘が先生に頭を下げた。

「うん、けいとが何でもなくて良かったよ。更紗ちゃん、けいとの面倒見てあげてね」

「はいっ」

 元気よく返事をしているけど……橘、子猫は俺の家で飼うんだぞ。

 俺は、橘と『けいと』と名付けられた子猫と一緒に家へ帰った。



「ただいま」

「こんにちは、お邪魔します」

「お帰りなさい、雅樹。いらっしゃい…更紗ちゃ…ん?」

 玄関までやって来た母親が目を丸くした。

「おばさん、こんにちは。『けいと』よろしくお願いします」

 子猫を抱き締めたまま、橘は頭を下げた。

「え? あ、やっぱり更紗ちゃんよね。いつもと違うから吃驚した」

 今日の彼女は制服にメイクをしたままの姿だ。

 確かにスッピン、ジャージ姿を見慣れた母親からしたら今の橘は別人に見えるだろう。

「あの……変ですか?」

「ううん、いつもの更紗ちゃんは可愛い感じだけど、今の更紗ちゃんは美人。でも私は可愛い更紗ちゃんが好きだな」

 そう言って母は橘に向かって笑みを向けた。すると橘は顔を赤くして『あ、ありがとうございます』と小さく呟いた。

「みぃ」

「うわぁ、可愛い! 早く中に入って」

 子猫を見た母は嬉しそうに橘を家の中へ入る様に促す。

「失礼します」

 リビングへ行くと部屋の隅にけいとの寝床になるのだろう---クッションを箱型に縫い合わせた所謂『猫ベッド』が置いてあった。

「昨日ね、お父さんが『猫飼うから』って言うから、慌てて100円ショップでクッション買って来て、縫い合わせたの。ちょっと縫い目が雑だけど、この子がもう少し大きくなったらまた作るから」

「おばさんが作ったんですか?」

「そう、久しぶりに猫ベッド作って楽しかった」

「良かったね! けいと」

 橘はけいとを猫ベッドの上にそっと下ろした。けいとは橘を見上げた後、すぐにベッドの中で丸くなるとすぅすぅと寝息をたてはじめた。

「気に入ってくれたみたいね。よかった……ねぇ、更紗ちゃん。この子の名前『けいと』なの?」

「はい」

「何で、『けいと』?」

 不思議そうに問いかける母。俺もそれは知りたい。

 すると橘は『ふわふわして毛糸玉みたいだから』と答えた。

「あー、英語名の『けいと』じゃなくて毛糸玉の『けいと』なのね」

「変ですか?」

「ううん、可愛いわ。けいとの事は任せてね。大事に飼うから」

「はい、お願いします。私も出来るだけ面倒を見に来ますね」

 そう言って、母と橘は気持ち良さそうに眠るけいとを見ていた。

 その後、橘は母から猫の習性や飼い方を聞いていたが、帰る時間になっている事に気付くと「また、明日来ます」と、慌てて帰って行った。

 だけど、橘は翌日から俺の家に来る事は無かった。



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