第34話 少年
「まさかこんなへんぴなところにこんな砦が建っているなんてなァ」
「ヒュー!」
「こりゃあ奪い甲斐があるぜぇぇ!」
ルービア盗賊団は森を抜けると、荒野にそびえ立つ石壁の前に至った。
半信半疑だった盗賊たちも、実物を見てしまえば信じないわけにはいかない。
「ふふっ、どうです。私の言っていたことは真実だったでしょう?」
彼らを案内してきたダイスは面目をほどこしたように言った。
「ぁあ?」
「るせーよ! 青瓢箪」
「すっこんでろ!」
ダイスは盗賊たちに二、三小突かれると、地べたで呻き声をあげた。
「ぐふうッ、痛ぃいい……」
(チッ、反社会勢力め! 利用しているのはこちらだぞ!)
そう思うが口には出さない。
アリの爪先ほどの小さな男である。
「安心しな、ダイスさんよ。あんたの要望通りこの砦は攻め落としてやるぜ。これで今日からこの領地はオレのもんだ。女ともども、な! ……ゲッヘッヘッヘッヘ」
親玉のルービアはモヒカンの頭へ細い櫛を入れると、豚のような鼻を鳴らした。
◇ ◆ ◇
「わかったわ。その代わりキミたちは私が徹底的に鍛えてあげる」
「セーラ様が!?」
「ええ。私のシゴキは厳しいわよ。いいわね?」
「「「よろしくお願いします!!」」」
こうして、狩猟部隊に志願した少年たちはセーラの指導の下レベルUPにいそしむこととなった。
言葉通り、セーラはちゃんと彼らに徹底した弓や剣の戦闘訓練を施す。
果たして、これが子供の柔軟性というものであろうか?
彼らはスポンジのように技術を習得し、モンスターハウスでのレベルUPも大人に引けを取らないほどであった。
「実戦はまだ早いわよね……」
だが、もちろん彼らはまだ子供である。
モンスターハウスでの訓練は認められたものの、実戦的な狩りについて行くことは許されなかったのだった。
「ちぇッ」
「ボクたちも狩りへ行きたいなあ」
ある日。
拠点のモンスターハウスに残った少年たちは口々にそうぼやく。
ただし、それを聞く大人たちはいない。
そう。
今日は特別に狩猟部隊のすべてが狩りへ出ている日なのだ。
職を求めて引っ越してきた人々が急激に増え、当座食わせる肉が必要になったからだった。
その総人口はいよいよ1000名に達しようというところである。
「セーラ様もいないし、つまんないよ」
「だねー」
「もう帰って遊びに行こうか」
少年たちもこんなふうにふれ腐れている。
「えい! えーい!!」
しかし、そんな中でも一生懸命に剣を振るっている子が一人あった。
「おい、レミ。何一人でやってんだよ」
「今日は帰って遊ぼうって言ってるだろ」
そう言われるがレミは剣を振る手を止めず、小さな肩を弾ませながらこう言った。
「はあはあはあ…… ぼく。がんばって修行して強くなるんだ」
少年たちは顔を見合わせる。
「ふん、いい子ぶっちゃってさ」
「わかった。お前、セーラ様のこと好きなんだろ?」
「っ!」
それを言われるとレミも顔を真っ赤にしてムキになった。
「ち、ちがうよ! ぼくはただ……そう。強くなりたくて」
それもウソと言えばウソ、本当と言えば本当である。
――レミは先日、セーラの夢を見た。
拠点が盗賊に襲われたのを自分が守り、女らしい身体つきのセーラにムギゅっと抱きしめられる夢である。
それは妙に明晰な夢で、修行の時にふいに触れてしまったセーラの太ももの感触や髪の香りなど、現実とほぼ変わりがないようにさえ思われた。
「なんだ、夢か……え?」
そして夢から覚めると、パジャマのズボンがぐっしょり濡れていることに気づく。
(しまった! おねしょしちゃった!!)
ドキリとするが、おねしょにしてはちょっと変な感じだ。
彼が最後におねしょをしたのは5歳のころだったが、遠い記憶の中でのそれとはちょっと違っている。
不安になって母さんに話すと、
「おめでとうレミ!」
「?」
「ひとつ大人になったんだよ。今晩はお祝いだね」
と、12歳にもなっておねしょをしたのに褒められて意味がわからない。
だが、レミの中の『強くなりたい』という気持ちがひときわ大きくなったのもその日からだった。
そう。
男子にとって、牙と玉はごく密接な関係を持っているのであるから――
「ふん、かってにしろよ」
「もう行こうぜ」
さて、モンスターハウスの少年たちはそう言ってレミから背を向けた。
「……」
レミは少し寂しく思うが再び剣を振り、修行を続ける。
そんな時だった。
「おーい! 大変だぁ!!」
ふいに事務員の人がモンスターハウスに飛び込んできたのは。
どうしたんだろう。
これには帰ろうとしていた少年たちも足を止めた。
「なにかあったんですか?」
「と、盗賊だ。盗賊が攻めてきたんだ」
「盗賊!?」
なんという悪いタイミングであろう。
狩猟部隊の大人たちはみんな狩りへ出てしまっている。
一般の大人たちは残っているものの、レベル上げをしていない者の戦闘能力は0に等しい。
「ぼくが戦うしかない……!」
レミがそう言うので、少年たちはギョっとして叫んだ。
「やめておきなよレミ!」
「そんなの絶対無理だって!!」
「……でも放っておけないだろ。今はぼくらしか戦える者が残っていないんだ」
そう言って、レミはモンスターハウスを飛び出していった。
はあはあはあはあはあ……
さて、西門の方へ駆けつけると、道に数十の恐ろしげな男たちが道を跋扈するのを見る。
「ヒャッハー!」
「汚物は消毒だ!」
彼らは建物を壊したり、火を噴いたり、人々を殴ったりなどしつつ威嚇し、街の暴力的支配権を掌握しようとしているようだった。
(夢に見た通りだ……)
「お……おい!」
レミは振るえる手にギュッと剣を握り、道へ踊り出た。
「お前たちが盗賊だな!」
「ぁあ?」
「ガキじゃねえか?」
盗賊たちは意表をつかれたのか少し戸惑う。
「これ以上街に迷惑をかけると、ぼくが許さないぞ!」
だが、そうレミが言うと時間がピタリと止まり、次の瞬間、盗賊たちはドッと笑いだした。
ぎゃははは!!……
(敵は油断しているぞ。チャンス!)
レミのこの見立てはおおよそ正解であった。
盗賊たちが思うほど、レミは簡単な相手ではない。
「とおー!」
爆笑の渦にいた盗賊の一人に、レミの剣が当たる。
「うぎっ……」
彼の腕は、少年の剣に骨折られた。
ざわ……
(やった!)
「このガキい!」
しかし、これでは盗賊の一人を戦闘不能にしたまでである。
盗賊は数十人からおり、これをすべて相手にする実力はレミにはまだなかった。
「おら!」
「調子乗ってんじゃねえぞ!!」
レミはなんとか二人目まで倒すに至ったが、三人目に向かって行くところであえなく取り押さえられてしまう。
「チッ、暴れるんじゃねえ!」
「ガキだから奴隷にしてやろうかと思ったがヤメだ! てめーは殺す。今殺す。喰らえ!!」
腕を折られた盗賊が、左腕一本で斧を振りあげた。
(あ、死んだ……)
レミはそう思った。
が、その時である。
シュン……
「うぎゃああ!」
そう叫びあげたのは斧を振り上げた男の方だった。
どうして?
そう思って見ると、彼の左腕には矢が刺さっていた。
「ふん、子供相手にそんなにムキになるなんて。ずいぶん不細工な人たちね」
女の声がする。
振り返ればそこには純白のレオタードアーマー。
セーラ・ナイトブルクが胸をぷりんと張って眼鏡を正していた。
「あなたたち、もうおしまいよ」
「……てめえがウワサの女か。なるほど上玉だ。ジュルルル」
しかし、盗賊の親分は怯む様子がない。
「ウワサ?」
「とんでもなく強え女がいるって聞いていたからな。こっちも相応の準備をしてきたってわけだ」
親分は上着を脱いで気持ちの悪いほどに発達した筋肉を露出させながら、セーラの方へ向かってゆっくり歩いていった。




